アルゼンチンロックの変化 〜 マリリナ・ベルトルディ『Para quien trabajas vol. I』(2025年)から覗く

ARGENTINA ROCK 2025 アルゼンチンロック
アルゼンチンロックスペイン語圏

2025年のアルゼンチンの音楽シーンを振り返ると、ジャンルや世代を横断するような作品が、ひとつの象徴的な場面に重なって現れているように思えます。

2025年のラテン・グラミー賞「最優秀オルタナティブ音楽アルバム部門」では、CA7RIEL&Paco Amorosoの『PAPOTA』が受賞しましたが、同部門にはもう1枚、アルゼンチンから注目すべき作品がノミネートされていました。

それが、マリリナ・ベルトルディの『Para quien trabajas vol. I(君は誰のために働いている)』です。日本ではまだ広く知られていませんが、アルゼンチンでは「ロック・ナシオナル(国産ロック)の女王」とも呼ばれる実力派アーティストです。本作は、1980〜90年代のアルゼンチン・ロックを参照した音像や楽曲構成が大きな特徴となっています。

本記事では、このマリリナ・ベルトルディの最新作を起点に、1980〜90年代のアルゼンチン・ロックとその時代背景をたどっていきます。

なぜ21世紀の今、1980〜90年代の音楽が参照されるのか。
楽曲に込められたメッセージを過去と現在で比較しながら、アルゼンチン社会における価値観や意識の変化について考えてみたいと思います。

【注意】
本記事は、ロックを入り口にアルゼンチンの歴史や楽曲の一部を垣間見ますが、政治史や音楽史を網羅するものではありません。扱う内容はあくまで一つの視点によるものである点をご承知ください。

1.はじめに ~ アルゼンチンロック 1970年代から2020年代

「アルゼンチンロックの女王」マリリナ・ベルトルディとは

マリリナ・ベルトルディ(Marilina Bertoldi)は1988年、アルゼンチンのサンタフェ州スンチャレス生まれ。姉のルラ・ベルトルディ(Lula Bertordi)はロックバンドEruca Sativaのギター兼ボーカルで、姉妹ともにロックミュージシャンです。
※ Eruca Sarivaは2025年ラテン・グラミー最優秀ロックアルバム賞にノミネートされている。同賞にはマリリナのライブアルバム『Luna en Obras(En Vivo)』(2024)もノミネートされた。

影響を受けたミュージシャンとして挙げているのは、グスタボ・セラティ(Soda Stereo)やニーナ・シモーヌ、アレサ・フランクリンなど。

2010年頃からグランジ・オルタナティブバンド「Connor Questa」のボーカルとして活動を始め、2015年のバンド解散後から本格的にソロ活動を始めます。
3枚目のソロアルバム『Sexo con modelos』(2016年)はラテングラミー最優秀ロックアルバムにノミネートされ、その翌年にガルデル賞(Premio Gardel a la Música)の最優秀ロック女性アーティストアルバム部門を受賞。さらにソロ4作目『Prender un fuego』(2018年)は、2019年にアルゼンチンで最高とされる音楽賞「金のガルデル賞 」( el Premio Gardel de Oro al Álbum del Año)を受賞します。

女性の受賞は2000年に受賞したフォルクローレ歌手のメルセデス・ソーサ以来2人目で、マリリナは受賞スピーチで「初めてこの賞をレズビアンが受賞した」と言っています。

アルゼンチンロックの転換点となった2019年 – マチスモから多様性へ

ガルデル賞から見えるロック文化

アルゼンチンの「金のガルデル賞」は文化的・芸術的評価を重視する賞として知られており、約20年ぶりの女性による受賞だったことからもわかるように、受賞者はほとんど男性アーティストです。ところが同じラテンアメリカでも、ガルデル賞と同様に文化的評価を重視する音楽賞で女性アーティストが活躍している例もあり、チリの「パルサー賞」(Premio Pulsar al álbum del año)では初回から女性アーティストが受賞、男女比でも女性の受賞者がやや多い傾向が見られます。
要するに、国ごとに受賞傾向や評価の仕組みが異なり、女性アーティストの可視化や受賞機会には、それぞれの文化的背景が影響していることがうかがえます。

そのため、マリリナ・ベルトルディの金のガルデル賞受賞は、表面的な「女性ロッカーの快挙」という以上の意味があるように思います。つまり、アルゼンチンのロック文化と歴史、そしてその土台だったマチスモ的価値観からマイノリティを含んだ多様な価値観への大きな転換が背後にあると考えられます。

なぜ「転換」といえるのか。その背景を理解するために、まずはマリリナ本人のロック観に触れておきたいと思います。彼女の受賞後のインタビュー記事から、彼女のロックに対する考え方を紹介すると、

・ロックは「誰も言わないことを言い、声なき若者の声を反映するもの」

・ロックは特権を持ちすぎた前の世代に反逆することで何度も生まれ変わってきた

・「男性のロックは何年も前に死んだ」 権力を持った側のロックは反逆性を失った

・今では女性やLGBTQ+が舞台に立つだけで、男性の声では生み出せないインパクトを生む

La Nacion誌:マリリナ・ベルトルディ「男性のロックは何年も前に死んだ」を要約
https://www.lanacion.com.ar/espectaculos/marilina-bertoldi-ganar-gardel-oro-el-rock-nid2247922/

上2つはロック一般の定義ですが、下2つの発言は2015年頃からアルゼンチン社会全体で起きた変化が背景にあります。音楽シーンの変化と社会の動きは連動していて、この発言の意図を理解するには当時の状況を踏まえておく必要があります。

2015年からの社会状況

2015年にアルゼンチンで発生した少女殺害事件を期に、DVなどの女性への暴力に対する抗議運動「#NiUnaMenos(女性を一人も殺させない)」が大きなムーブメントとなります。これは次第に女性の命を守る運動から、家父長制やメディアによる女性の性的消費など、社会的・精神的な土壌そのものへの批判へと発展しました。この拡大した批判は当然、アート・音楽業界にも向けられ、ロック界のマチスモや性差別も可視化されていきます。

2016年には、ロックバンドメンバーから強姦や虐待を受けた被害者による告発ビデオが公開され、「#YaNoNosCallamosMás(もう黙らない)」という運動に発展します。被害者が告発を公開できるサイト(yanonoscallamosmas.wordpress.com)が運営され、複数のミュージシャンの名前が挙がり、バンド解散に至るケースも出ました。こうした一連の告発ラッシュにより、ロックの聖域化された男社会が初めて公然と問われるようになりました。

そうした中、2018年にはアルゼンチンロック界の重鎮の一人、アンドレス・カラマロが「私は男性でありフェミニストでもある」と発言し批判を浴びます。さらに自身のブログで「Varón y feminista(男でありフェミニスト)」※という記事を公開しますが、そこにはフェミニズム運動の「過激化」への懸念を示す一方で、LGBT+への偏見や女性蔑視につながる表現が多数含まれ、さらに論争が加速します。※※

※ アンドレス・カラマロのブログ「Varón y feminista」
https://www.calamaro.com/2018/11/varon-y-feminista/
※ Vía País誌「「男性とフェミニスト」、アンドレス・カラマロの物議を醸す文章」(2018年11月23日)
https://viapais.com.ar/argentina/721052-varon-y-feminista-el-polemico-texto-de-andres-calamaro/

マチスモ的ロックへの対抗

このすれ違いは、旧世代の価値観と新しいフェミニズム運動の価値観が真っ向からぶつかった結果ですが、皮肉にもこのことで、アルゼンチンロックがいつの間にか「権威」となり「反逆の対象」になっていたことがはっきりと可視化されたともいえそうです。カラマロは1980〜90年代のアルゼンチン・ロック黄金期を担ったキーパーソンの一人で、その時代のロックは自由・反権威・個人主義を掲げていました。

自由・反権威の立場から「規範化された正義」を批判してきた彼にとって、フェミニズム運動は「新たな規範」として自由を脅かす存在に見えたのかもしれません(実際、彼はフェミニズム運動を「宗教」「教条主義」と呼んでいます)。けれども、この時代のロック文化が時を経て象徴的権威になり、その内部構造(男性中心の特権)がここまで全面的に問い直されることはなかったのではないでしょうか。

もっとも、1990年代にはすでにBabasónicosが、マチスモ的で硬直した「ロック・ナシオナル」の価値観に対して内側から揺さぶりをかけていました。1990年代から一貫してセクシュアリティの曖昧さや規範への挑戦を実践してきたBabasónicosですが、こうした活動が社会運動としての「クィアの抵抗」という明確な文脈と結びつくのは、2010年代の#NiUnaMenosやLGBTQ+運動の高まりを経てからだと言えるでしょう
※ 参考:Semana 「Babasónicos:ロックは正統派社会が隠しているものを前面に出す」(2018年のインタビューhttps://www.semana.com/musica/articulo/babasonicos-el-rock-pone-en-escena-lo-que-la-sociedad-ortodoxa-tapa/76076/

トラップと新しい価値観

そしてこのロックの権威化はトラップの台頭とも呼応しており、2010年代後半には宅録・SNSを前提とした参入障壁の低さや性別・ジェンダー表現の多様性から、より柔軟に表現できるラップが人気を集めるようになっていきます。制度化が進んで、主要フェスティバルやガルデル賞で長年ジェンダー不均衡が続いてきたロックよりも、多様なアーティストが活躍するトラップに魅力を感じる人が増えたとも考えられます。

こうして#NiUnaMenos や #YaNoNosCallamosMás、LGBTQ+の可視化、若者の政治的覚醒のなかで、ロックが担っていた「特権への反抗」の役割は、ほぼそのままトラップへ移植された形になっていたといえそうです。これが「男性のロックは何年も前に死んだ」という指摘の背景です。

そして、フェミニズムやLGBT+の価値観をもつ若手アーティスト、マイノリティの声こそが、新しい意味での「反逆的ロック」になっていく、ということにつながります。とはいえ、今の「反逆」は、前世代を単純に敵視する形ではなくなっており、それはマリリナのインタビューにも表れています。

– ¿Que pensás que tienen que hacer los hombres de la escena hoy en día?

– Lo que pueden generar con su mensaje es dar ese espacio a mujeres o alzándose por las causas, que no veo que suceda. Mucho posteo en Instagram del corazoncito verde y Ni Una Menos, todo bien… pero cuando están en un escenario no se preguntan por qué no hay pibas presentes.
Entiendo que no hay una banda de mujeres que vendan tickets como Babasónicos, faltan esas grandes bandas. Pero no tenemos por qué identificarnos con el discurso de cómo un hombre ve al amor, al odio… También podemos identificarnos con una mujer, con una lesbiana, con un gay, trans, travesti, no binaria. En el momento en que conectás con esa persona, sacás del medio el tema del género. Por eso es importante, es un gran mensaje para todes. Las mujeres no queremos el lugar del hombre para hacer lo mismo que hicieron ellos, queremos distribuir y que haya espacio para todes.

—いまの音楽シーンで、男性たちはどうすべきだと思いますか?

—彼らが自分たちのメッセージでできるのは、女性たちに場を与えること、あるいは社会的な運動をともに支えることだと思うんです。でも、実際にはあまりそういうことが起きていない。Instagramでグリーンハート(中絶合法化運動の象徴)や「Ni Una Menos(女性殺害反対)」のハッシュタグを投稿している人はたくさんいるけれど、いざステージに立ったとき、「なぜここに女性がいないんだろう」とは誰も考えないんですよ。
たしかに、Babasónicosみたいにチケットを売れるような女性バンドはまだいない。そういう大きな存在は足りていません。でも、私たちはもう「男が見ている愛や憎しみの語り方」に自分を重ねる必要はないんです。私たちは女性やレズビアン、ゲイ、トランス、トラベスティ(※トランス女性を指すラテンアメリカ特有の言葉)、ノンバイナリーな人の表現にも共感できる。誰かと心からつながれた瞬間、そのあいだに「性別」という問題は消える。
だからこそ、それはとても大切なことで、すべての人にとって大きなメッセージになると思います。女性たちは、男性の座を奪って彼らと同じことをやりたいわけじゃない。
私たちが望んでいるのは、力や機会を分かち合い、みんなに居場所がある世界をつくることなんです。

La Nación記事:マリリナ・ベルトルディ:「男性が作ったロック音楽は何年も前に終わった」https://www.lanacion.com.ar/espectaculos/marilina-bertoldi-ganar-gardel-oro-el-rock-nid2247922/

彼女は「男性の座を奪うこと」ではなく、機会と空間を分かち合い、すべての人に居場所のあるシーンをつくることを求めています。かつてロックが掲げた自由と平等の理念を、別のかたちで再起動しているように見えます。

1970〜80年代のアルゼンチン・ロックも、もう一つのフォルクローレ

新しい世代の「反逆」の対象となってしまった前世代のロックですが、アルゼンチンのロックは政治に大きく影響されながら発展してきました。この伝統あるロックが現在どういう風に認識されているのかを、マリリナ・ベルトルディのインタビューからのぞいてみます。

“El rock argentino tiene algo que ya pasó a ser parte de nuestro folclore en algún punto. Lo tenemos, obviamente, también el tango, pero el rock argentino de los 70 y 80 es ya un folclore. Lo tenemos todos, lo conocemos, y cuando lo escuchás es Buenos Aires, es la sonoridad que tienen las calles. Y lo tienen porque fueron hechas en una época en la que retrataban muy bien la actualidad y lo que estaba pasando sociopolíticamente“

「アルゼンチンのロックには、すでに私たちのフォルクローレ(民俗文化)の一部になっている何かがあると思うんです。もちろん、私たちにはタンゴもあります。でも1970〜80年代のアルゼンチンロックも、もう一つのフォルクローレなんです。
みんなが知っていて、聴けばすぐに『ああ、これはブエノスアイレスの音だ』ってわかる。街の響きそのものなんです。それは、その音楽が、生まれた当時の社会や政治の現実をとてもよく映し出していたからだと思います。」
(マリリナ・ベルトルディのインタビュー)

Radio Universidad Chileインタビュー:「ミレイによる文化への攻撃:アルゼンチンの、これまで見たことのないあらゆるものへの軽蔑」
https://radio.uchile.cl/2025/10/01/marilina-bertoldi-y-la-arremetida-de-milei-contra-las-culturas-es-un-desprecio-por-lo-argentino-que-no-se-habia-visto-antes/

つまり、ロックもアルゼンチンではその歴史的な経緯から、タンゴやフォルクローレと同様のポジションを占める存在ということ、そしてその理由が「当時の社会や政治の現実をとてもよく映し出して」いるために、国民的な音楽として存在していることが分かります。

沈黙を強いられた社会、軍政下のアルゼンチン(1976〜83年)

アルゼンチンのロックを理解する背景として、1970〜80年代の社会や政治について最初に簡単にまとめておきます。

アルゼンチンの軍事政権は1976年から1983年まで続いた統治体制で、正式には「国家再編成過程(Proceso de Reorganización Nacional)」と呼ばれました。
始まりは1976年、軍によるクーデターで当時の大統領イサベル・ペロンが追放されたことに遡ります。背景には、1970年代初頭から続いていた政治的混乱と暴力の連鎖があり、左翼ゲリラ組織と極右武装集団(AAA)との衝突に加え、経済危機や社会不安が高まっていた当時の状況がありました。

その中で、国家の秩序を回復するという名目の元で軍部が権力を掌握します。目的は共産主義の根絶と道徳の回復、経済の再建でしたが、実態は国民の自由と人権を徹底的に抑圧するものでした。政治体制は文民統制を完全に排除し、国家の三軍(陸・海・空)が合同で政権を担い、大統領職は軍事評議会が指名した軍人が就きました。議会は解散、政党活動は禁止され、労働組合や大学の自治も剥奪されます。また、新聞・テレビ・ラジオには厳しい検閲が行われて政府批判はほとんど不可能になり、教育や文化の分野でも思想統制や教科書の改訂が進められました。

その中でも悪名高いのは、「汚い戦争(Guerra Sucia)」と呼ばれた国家による弾圧です。軍や警察、情報機関は反体制分子やテロリストとみなした一般市民を、夜間に自宅や職場、街角などで突然拘束して秘密収容所に送り、拷問や暴行を行い殺害していました。拉致は公式記録に残されておらず、家族にも行方を知らされず、未だに行方不明になっている人もいます。強制失踪の犠牲者はdesaparecidos(デサパレシードス:失踪者)と呼ばれ、約3万人にものぼるともいわれています。
拉致された人の中には、麻酔を打たれて飛行機にのせられ、生きたまま海へ投げ落とされた人もいました。これは「死のフライト(vuelos de la muerte)」と呼ばれています。

アルゼンチン海上保安庁が使用していた輸送機「ショート・スカイヴァン(PA-51)」
2023年の調査で、この機体が「死のフライト」に使われていたことが確認された
© Berna Gaitán Otarán – Wikimedia Commons – CC BY-SA 4.0

自分の身近な人、家族や親しい友人がある日突然いなくなる…
そして家族が警察に訴えても「そんな人物は拘束していない」と言われ、司法も沈黙している。
恐怖と沈黙が社会を支配し、隣人さえ信用できない空気があったようです。

軍政の崩壊は、1982年のマルビナス(フォークランド)戦争の敗戦がきっかけで進みます。
国内の不満と経済破綻が極限に達する中、軍政は国民の支持を回復しようとしてマルビナス諸島を占拠するものの、イギリスの反撃で約二か月で敗北に終わり、逆に軍部への信頼は崩壊して翌1983年に民政復帰が実現します。新大統領ラウル・アルフォンシンのもとで軍政期の責任追及が始まり、1985年には軍事政権幹部の裁判が行われ「失踪者」たちの存在が公にされました。和解と真相究明の努力は今も続いており、現在のアルゼンチン社会における人権意識の根底にはこの時代の記憶が深く刻まれています。

どうして沈黙の時代にアルゼンチンロックが発展したのか? 皮肉な理由

厳しい検閲が行われた軍政期、不思議なことにアルゼンチンのロックは発展していきます。
ロックはヒッピー文化や反戦運動・左派思想と結びつきやすいため、軍政は当初から、秩序や道徳、キリスト教的家族観と相容れない存在であるロックを、体制に対する不満や反抗を育てる危険な文化とみなして抑圧の対象としていました。それにもかかわらず、軍政下でロックが発展したのは、いくつかの条件が重なった結果と考えられています。
※ 参考 Resonancias: Revista de investigación musical: La dictadura argentina y el rock: enemigos íntimos https://resonancias.uc.cl/n-34/la-dictadura-argentina-y-el-rock-enemigos-intimos-es/

一つには、クーデタ直後のロックはまだ商業的・社会的に小規模な文化だったため、労働運動や政党、学生組織や左翼ゲリラに比べれば、徹底弾圧の対象として優先順位が低かったことがあげられます。アーティストは直接的な政治主張を避け、象徴的で曖昧な表現をすることによって検閲を免れていました。ロックは政治的に灰色な領域で生き延びることができたと言われています。

二つ目は、ロックのコンサートが若者が集まれるほぼ唯一の空間となり、音楽が連帯感を共有する手段になったことがあげられます。大学のサークル活動や労働組合の青年部門といった活動が不可能な中、ロックコンサートは音楽イベントであって政治活動ではないため、若者が合法的に集まれる数少ない場所でした。また、比喩や象徴を駆使した歌詞の中に埋め込まれたメッセージを汲み取って共有することにより「わかる人にだけわかる」というリスナー同士の連帯感が生まれたと言われています

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の不条理な世界観を使い、独裁下のアルゼンチンを描いSerú GiránCharly García)の1980年の曲「Canción de Alicia en el País」(不思議の国のアリスの歌)がよく知られています「セイウチ」「亀」「魔法使い」といった童話のキャラクターに過去の独裁者たちを重ね、「言葉遊びが舌を縛る」「殺人者があなたを殺す」といった一見ナンセンスな表現で検閲と恐怖が支配する社会を、「見たものを語るな」という警告で監視国家の現実を、「楽しかったゲームは終わった」という一節で民主主義の終焉を示唆しています。

そして決定的なのが、1982年のマルビナス戦争のナショナリズム政策によって、敵国イギリスの音楽放送が禁止されたことです。それまでラジオやテレビで流れていたイギリスの音楽の放送枠がロック・ナシオナルなどの自国の音楽に置き換わった結果、それまで地下的存在だったロックが表舞台にたって全国的に流通できるようになりました。しかも多くのミュージシャンは、愛国的プロパガンダよりも、むしろ反戦、懐疑、あるいは普遍的な人間性に訴えるメッセージを歌います。

つまり、軍政がロックを危険な敵として警戒し、言論弾圧によって封じ込めようとしたにもかかわらず、「初期には敵として徹底的に叩かれなかったこと」「他の公共空間が奪われた結果として抵抗と相互認識の場へと転化したこと」、そして「マルビナス戦争という軍政自身の政策が意図せず大衆的爆発を引き起こしたこと」という三つの条件の重なりによって、ロックは逆説的に大きな発展を遂げることになったと言われています。抑圧する側の論理が、結果としてロック・ナシオナルを社会の中心へと押し上げたのは歴史の皮肉ですね。

2.軍政の終焉と民主化の象徴:チャーリー・ガルシアと『Clics Modernos』(1983年)

恐怖と沈黙が支配していた時代に、巧みな比喩や象徴を歌詞に織り込んで表現して発展してきた1970〜80年代のアルゼンチンのロック。軍政の終焉を象徴する作品のひとつが、アルゼンチンロックの父のひとりとも呼ばれる、アルゼンチンロックの大御所チャーリー・ガルシアの『Clics Modernos』(1983年)です。
※ 他にもルイス・アルベルト・スピネッタなどがいます

このアルバムはニューヨークで録音され、アルバムジャケットはウォーカー・ストリートとコートランド・アレーの交差点(チャイナタウン付近)で撮影されています。
アルバムリリース40周年である2023年には、記念としてこの交差点に「Charly García Corner」の碑銘が設置されました。アルゼンチンの軍政期と民主化を象徴するアルバムの撮影場所として、観光スポットになっています。

この章では、チャーリー・ガルシアと『Clics Modernos』を中心に、軍政期のアルゼンチンロックを少しだけのぞいてみたいと思います。

チャーリー・ガルシア ~ 生い立ちと初期の活動

チャーリー・ガルシア(Charly García)は1951年にブエノスアイレスの上流中産階級家庭の長男として生まれ、子供の頃は「恐竜・惑星・ギリシャ神話」に夢中だったようです。母親はタンゴとアルゼンチン・フォルクローレ専門のラジオ番組のプロデューサーで、家には様々な音楽家が訪れていたそうです。チャーリー・ガルシアは家に来た著名なフォルクローレ音楽家のギターが調律されていないことを指摘するなど、幼いころから抜群に音感がよかったようです。ピアノの腕前と作曲能力が突出していて、音楽院でクラシックを学び、12歳で音楽教師の資格を取得するほどの早熟さでした。そんな彼は13歳でビートルズに出会ってロックに目覚め、バンドをいくつか結成します。

バンド名活動期間ジャンル名前の由来
Sui Generis
(スイ・ヘネリス)
1970年代初期〜
1975年
フォークロックラテン語
オンリーワンの意味
La Máquina de Hacer Pájaros1975〜1977年プログレッシブロックスペイン語
「鳥を生み出す機械」
Serú Girán
(セル・ヒラン)
1978〜1982年プログレ+ジャズ
+ポップの融合
架空の言語による造語

Sui Generisではタンゴの精神を宿したフォークロックで2万人を熱狂させ、La Máquina de Hacer Pájarosではプログレッシブな実験へ。そしてSerú Giránでは、複雑さとポップさを両立させる独自のスタイルを確立していきます。こうしてキャリアを重ね、チャーリー・ガルシアは名実ともにアルゼンチンのロックスターとしての地位を築いていきます。

商業ポップカルチャーを破壊しろ 1979年

Serú Girán時代のアルバムを1枚紹介します。『La Grasa de las Capitales』(1979年)、 直訳すると「首都の脂」。「grasa」はアルゼンチン俗語で「俗悪さ・けばけばしさ」という意味。都会の俗悪さ・商業主義を風刺したアルバムです。

アルバムタイトル曲「La grasa de las capitales」はカンドンベ、タンゴ、ディスコ・ミュージックなどの多様なサウンドを超絶テクニックでぶち込み、「首都の俗悪さに我慢できない!」といいながら「踊りを止めないで!」と叫びます。

¿Qué importan ya tus ideales?
¿Qué importa tu canción?
La grasa de las capitales
Cubre tu corazón

もう君の理想なんてどうでもいい
君の歌だって、何の意味がある?
大都会の脂ぎった俗物どもが
君の心をべったり覆ってしまう

(中略)

La grasa de las capitales
No se banca más
No transes más
Don't stop dancing

大都会の脂まみれ
もう我慢ならない
もう迎合するな
踊るのをやめるな

「La grasa de las capitales」Serú Girán 1979年

アルバムジャケットそのものも風刺満載で、アルゼンチンの大衆向け週刊誌「Gente誌」のパロディです。Gente誌は、芸能界と独裁政権を密接に同調させる編集方針をもった体制側のメディアでした。ジャケットは、チャーリーが世界を操る石油会社への批判を込めてガソリンスタンドの店員に、他のメンバーも事務職員、ラグビー選手、肉屋に扮し、Gente誌風のスキャンダラスな見出しでメンバーを茶化しています。例えば、

「El romance del año – Pedro Aznar y Olivia Neutron Bomb」
(今年のロマンス – ペドロ・アスナールとオリビア中性子爆弾)

オリビア中性子爆弾はオリビア・ニュートン・ジョンのジョーク。英語圏ではオリビアの初期の清楚なイメージからセクシーアイコンへの転身や爆発的人気を象徴するジョークとして知られているようですが、このアルバムでは建物を破壊せずに中にいる人だけ殺す中性子爆弾を、外見はそのままでも本質を破壊する商業ポップカルチャーの破壊力を象徴するブラックジョークとして使われています。

このアルバムリリース前年の1978年、オリビアはポップカルチャーの象徴とされる映画『Grease』(グリース。スペイン語でgrasa)に出演しています。1950年代の高校生の恋や成長を描いた青春ミュージカル映画の世界は、現実の暗い社会問題を排除して、美化された豊かで幸福な世界を描いており、軍政が好むような「政治に関わらない青年たち」が恋愛に悩んでいます。そしてロックミュージックは、低迷していたミュージカル映画を刷新する要素としてこの映画に華を添えています。

皮肉を隠喩やメタファーを巧みに用いて表現したり、批判対象のやり方を利用して批判する方法は、この後の『Clics Modernos』にも通じています。

ソロ活動開始、ライブで爆撃を演出 1982年

1982年にセル・ヒランは、ベーシストのペドロ・アスナールが米国留学のために脱退したことがきっかけで解散します。その後、チャーリー・ガルシアは初めてのソロアルバム『Yendo de la cama al living 』(ベッドからリビングルームへ:1982年)をリリースします。楽曲的には、プログレッシブロックから、Roland TR-808を使用したミニマルで電子的なサウンドへの移行を示す作品となっており、歌詞も段々と直接的になっていきます。

Yendo de la cama al living (ベッドからリビングルームへ)

当時は独裁政権末期、マルビナス戦争開始直後で、スタジオにこもってアルバム制作をしていたチャーリー・ガルシア。リズムマシンのドラムが使われた、気だるく重苦しい音響のタイトル曲「Yendo de la cama al living 」は、独裁政権下の閉塞感と空虚さで押しつぶされそうな心境をよく表しています。

Yendo de la cama al living
Sientes el encierro
Yendo de la cama al living

Oh no no no
No hay ninguna vibración
Aunque vives en mundos de cine
No hay señales de algo que vive en mí

ベッドからリビングへ向かいながら
その往復で 閉じ込められている気がする
ベッドからリビングへ向かいながら

ああ、まったく
何の震えも感じられない
映画のような世界で暮らしていても
僕の中の何かが反応する気配はない

「Yendo de la cama al living 」Charly García 1982年

No bombardeen Buenos Aires(ブエノスアイレスを爆撃しないでくれ)

アルバムは大ヒットし、1982年12月には2万5千人のファンを前に2時間半のライブが開催されます。このライブの最後に演奏した「No bombardeen Buenos Aires」(ブエノスアイレスを爆撃しないでくれ)という曲では、ステージに作られたブエノスアイレスの街を花火で爆撃する演出が行われました。

No bombardeen Buenos Aires
No nos podemos defender
Los pibes de mi barrio se escondieron en los caños
Espían al cielo
Usan cascos, curten mambos
Escuchando a clash
Escuchando a clash (¡sandinista!)

Estoy temiendo al rubio ahora
No sé a quién temeré después
Terror y desconfianza por los juegos
Por las transas, por los canas
Por las panzas, por las ansias
Por las rancias cunas de poder
Cunas de poder

ブエノスアイレスを爆撃しないでくれ
俺たちは身を守れやしないんだ
俺の街のガキどもは下水管に身を潜め
空の様子を窺ってる
ヘルメットをかぶり、戦争の空気に染まって
Clash を聴いてる
Clash を聴いてる(サンディニスタ!)

今は金髪(=英国、アメリカなどの外国勢力)が怖い
じゃあ次は誰を怖がればいいんだ?
恐怖と不信は、あのゲームのせい
汚職取引、警官ども
腹を満たし、欲望を満たし
腐った権力のゆりかごのせいだ
権力のゆりかごだよ

「No bombardeen Buenos Aires」Charly García 1982年

※ The Clash『Sandinista!』(1980年)は、レゲエ・ダブ・スカなどをパンクに融合し、中米ニカラグアのサンディニスタ革命や抑圧への批判をテーマにした政治意識と実験精神が一体となった反権力を象徴するアルバム

マルビナス戦争中、アルゼンチンはヒステリックな愛国主義に包まれていて、不利な戦況などの事実は隠されて情報操作されメディアによる愛国プロパガンダで溢れていたようです。その一方で、市民は内心、空爆されるのではないかと怯えていました。
チャーリー・ガルシアは、この戦争は茶番だという本音や自分たちの恐怖を歌にしています。

Los ghurkas siguen avanzando
Los viejos siguen en TV
Los jefes de los chicos
Toman whisky con los ricos
Mientras los obreros hacen masa
En la plaza como aquella vez
Como aquella vez!

(Hijos de puta!)
Si querés escucharé a la B.B.C
Aunque quieras que lo hagamos de noche
Y si quieres darme un beso alguna vez
Es posible que me suba a tu coche
Pero no bombardeen barrio norte!

グルカ兵は前進し続け ※ネパール系英国兵。非常に精強な恐怖の部隊として知られる
老人たちはテレビに出続け
子どもたちの上の連中は
金持ちとウイスキーを飲んでる
そのあいだ労働者たちは、また広場に集まっていく
かつて軍政に抗議した、あの時のままに
あの時のように

(クソッたれども!)
君が望むなら、BBCだって聴くよ
夜中にこっそりでもかまわない
もし君がいつかキスしたいなら
君の車にだって乗るよ
でも、バリオ・ノルテ(高級住宅街)を爆撃するのだけはやめろ!

「No bombardeen Buenos Aires」Charly García 1982年

老いた将軍たちはテレビで戦意を煽り、前線にいる若い兵士たちに命令を下す軍・政治のエリートは安全な場所で贅沢をしている一方で、労働者階級は広場に集まり、独裁に抗う…

ちなみに「あの時」というのは1979〜1981 年に CGT(労働総同盟)が呼びかけた一連の非法ストのことを指していると言われています。CGTはアルゼンチン最大規模の労働組織で、1976年の軍事政権成立後は活動が厳しく制限されていました。非法ストは軍政による経済・社会政策に対するもので、参加者は逮捕、拷問ののち殺された労働者も多数出るなど、命を賭した政治抵抗そのものであり、広場に集まる労働者の姿は軍政に抗う象徴として社会の記憶に刻まれています。
そしてこのストは国際的にも注目され、人権団体や海外メディアがアルゼンチン軍政下の弾圧や人権侵害を批判するきっかけとなり、マルビナス戦争後の軍政崩壊へとつながる転換点でもありました。

身近に迫った恐怖のあまり、BBCを聞き車に乗る、つまり自分の信念より安全を優先して相手に身を預けてしまう弱さを自己風刺しつつ、政治家や富裕層が自分の安全だけを気にしていることに対する皮肉も忘れていません。
このライブの後、1983年にチャーリー・ガルシアは渡米します。当時31歳、1stアルバムと同時に映画音楽のサントラも手掛けており、凄まじい創作エネルギーです。

『Clics Modernos』(1983年)

チャーリー・ガルシアのこれまでのサウンドは、巧妙に批判を織り交ぜたプログレ系「芸術ロック」の趣で、『La grasa de las capitarles』では商業ポップを思いっきり批判していました。『Clics Modernos』はそういった従来の作風から、本格的にシンセサイザーやドラムマシンを使ったポップロックに大転換しています。
そのためか、アルバムリリース直後は「ポップ/ダンス化」への大転換に戸惑った批評家やファンからの評価はあまり高くなかったようです。

けれどもその外見とは裏腹に、楽曲の内容は浮かれたポップとは対照的で、『La grasa de las capitales』で批判対象のGente誌の方法を利用したように、『Clics Modernos』ではポップの「軽さ」を隠れ蓑に、あからさまに表現できないことをつつんで伝えているように思います。そしてポップの「明るさ・軽さ」と軍政の「暗さ・重さ」の対比が、その闇と異常さを際立たせているように感じられます。

アルバム制作の背景

最初からアルバム制作のために渡米したのではなく、当初は「新しい楽器を買いに来た」くらいの気持ちだったようですが、閉塞したアルゼンチンから解放され、自由なアメリカの空気に触れてさらに創作意欲が高まったのか、NYではグリニッジ・ヴィレッジに逗留してスタジオを押さえます。

スタジオはジミヘンが設立した「エレクトリック・レディ」で、当時最高の機材を使用(Roland TR-808、エミュレータ)し、アルバムにはジョー・ブラニー(The Clash、プリンスなどのプロデューサー)や、ラリー・カールトン(Larry Carlton:Steely Dan、ビリー・ジョエルなどの作品にも参加している人気ギタリスト)、そして留学中の盟友ペドロ・アスナールといったミュージシャンが参加しています。
※ ただしラリー・カールトンは『Sandinista!』のプロデューサーではない

アルバムのジャケットとタイトルはNYの落書きからとられており、ジャケット撮影のために散歩していたところ、失踪者を思わせる黒塗りの人物の絵の横に「MODERN CLIX」と書かれているのを見つけたことがきっかけで、当初予定していたアルバム名「Nuevos trapos」を「Clics Modernos」(Modern Clixのスペイン語訳)に変更したそうです。失踪者の隣に「モダンなクリック音」…軍事政権がクリック音で消滅する、新しい時代を表わしているように思えます。
※ Infobae「『Clics modernos』はどうやって作られたか?民主化を迎えたアルゼンチンに捧げられた名盤の舞台裏」https://www.infobae.com/teleshow/infoshow/2017/11/08/como-se-hizo-clics-modernos-el-disco-de-charly-garcia-que-le-dio-la-bienvenida-a-la-democracia/

アルバムは全9曲34分でどの曲も深い意味を持っており、特に有名なのは「Los dinosaurios」(恐竜たち)で、「恐竜」は軍事政権の比喩ですが、ここでは、「Nuevos Trapos」と「No Me Dejan Salir」の2曲を取り上げます。
※ 参考:Newsweek日本版 「アルゼンチンロック界の父、チャーリー・ガルシアの名曲「ディノサウルス」に込められた想い」https://www.newsweekjapan.jp/worldvoice/nishihara/2021/04/post-3_2.php

元タイトル曲「Nuevos Trapos」(新しいボロ布)

もともとアルバムタイトル名だった「Nuevos Trapos」は隠れたタイトル曲で、『Clics Modernos』 を理解する鍵ともいわれています。楽曲はシンセや電子ドラムが使われたファンク寄りのリズムで、ダグ・ノーウィンのフリージャズのサックスソロで終わります。

Y aunque cambiemos de color las trincheras
Y aunque cambiemos de lugar las banderas 
Siempre es como la primera vez 
Y mientras todo el mundo sigue bailando
Se ven dos pibes que aún siguen buscando
Encontrarse por primera vez

塹壕の色を変えても
旗の位置を変えても
いつも初めての時のように
みんなが踊り続ける中
まだ探し求めてる二人の子供
初めて出会う

「Nuevos Trapos」Charly García  1983年

歌詞の冒頭では愛や平等を、このサビ部分では塹壕や旗、つまりマルビナス戦争が歌われています。「二人の子供」は若いイギリス兵、アルゼンチン兵なのか?そして恐怖を共有し荒廃した中で生きなければいけない状況など、もう必要ないと続きます。
洒脱でダンサブルな曲ですが、不思議な美しさの中に明るさと暗さが入り混じるメロディ。タイトルの「新しいボロ布」というのも相反するパラドックスで、解釈もいろいろ考えられます。

ひとつには、軍政末期のアルゼンチン社会やポップカルチャーが「新しい」と謳いながらも、本質的には古い体制や価値観のままという批判ともとれるし、一方では、市民や若者が軍政や社会の抑圧から抜け出し「傷を負いながらも新しい自分を作っていく」姿のメタファーともとれます。他にもいろいろ考えられる、多義的なタイトルだと思います。

「新しいふりをした古さ」への批判と「傷を抱えながらも新しくなる」再生のイメージの両方を、絶妙なポップサウンドで包み込んでいるように聴こえます。

このアルバムで唯一のMV? – No Me Dejan Salir(外に出してくれない)

この曲はJB(ジェームス・ブラウン)の曲がサンプリングされています。HipHopでサンプリングにエミュレータが使われたのは1986年なので3年早いですが、ブレイクをループさせるHipHopの使い方とは違い、JBの声だけが切り取られて使われています(四つ打スネアに合わせてAh!、Hit me!など)。ライブではJBの名前を出して、「…彼は『自分は黒人だから刑務所に入っていたとき、出してもらえなかった』と言っていた」と紹介しています。
※ 「Hot Pants Pt. 1」 (1971)、「Please, Please, Please」 (1956)など

これは『Clics Modernos』の中で制作された唯一のMVと思われます。

森や山を越えてドアから真っ暗い部屋をのぞいていたら、奇妙な人たちが繰り広げる暗闇のパーティーに引っ張り込まれる…アメリカからアルゼンチン社会を見たときの、チャーリー・ガルシアの心象風景か?と思わせられるようなMVです。まだそれほどMVが発展していなかった当時、相当なインパクトがあったと思われます。

余談ですが、暗闇の中の奇妙な人たちを演じているのは、チャーリー・ガルシアの当時のライブバンドメンバーで、キーボード奏者として参加していたブレイク前のフィト・パエスも出演しています。(2分55秒あたりに出てくる、ピンクの服を着て靴を両手に持っている人物)

Estoy verde, no me dejan salir
…中略…
Tengo que confiar en mi amor
Tengo que confiar en mi sentimiento

俺は緑=未熟だ、外に出してくれない
自分の愛を信じなければいけない
自分の感覚を信じなければいけない

「No me dejan salir」Charly García 1983年

このMVでもライブでも、チャーリー・ガルシアは握り拳を突き出し、見えない壁を叩き壊そうとしていて、「牢獄のような暗い社会から早く出たい!」という切実な願いが陽気なサウンドとユーモアで歌われているのが強く印象に残ります。

アルバムがリリースされたのは1983年11月5日、約1か月後の12月10日にはラウル・アルフォンシン大統領が就任して民主化へ移行し、さらにその5日後の12月15日から18日の4日間、ルナパークで『Clics Modernos』のライブが開催されます。
まさに時代の変わり目で制作・リリースされた『Clics Modernos』は、当時の社会や現実をとてもよく映し出している作品のひとつです。

3.マリリナ・ベルトルディ『Para quien trabajas vol. I』(2025年)

どうして今、80年代のアルゼンチンロックなのか? 今の時代の不安とは

マリリナ・ベルトルディの新作『Para quien trabajas vol. I』(君は誰のために働いている)は、これまでのギターロックを中心とした作風から大きく舵を切り、1980〜90年代のロックを思わせるサウンドへと向かっています。特にチャーリー・ガルシアの『Clics Modernos』の気配が色濃く、40年以上前の音の雰囲気を、今のサウンド感で響かせているところが特徴的です。

今の不安を読み解くための「回帰」

なぜ今この時代に80年代的な響きなのか。スペイン版 Rolling Stoneの批評では、このように解釈されています。

Marilina está preocupada por el momento en el que estamos, piensa en política, en la sociedad, tiene mucho temor, va de la cocina al comedor, porque qué otra cosa se puede hacer que escuchar Charly García como un oráculo. Como si el bicolor fuera una carta disponible para entender quiénes somos, qué vivimos, cómo se sobrevive. ¿Cómo se siguió antes, antes, cuando todo estaba oscuro de verdad? ¿Cómo se cantó, qué se dijo, cómo se bailó cuando el futuro y la felicidad eran una voz en fade out?

マリリナは今のこの時代を心配している。政治や社会のことを考えて不安を感じている。
キッチンからダイニングへ歩きながら、チャーリー・ガルシアの音楽を「神託」として聴く以外、他に何ができるのかと思う。
チャーリー(bicolor:白黒ひげの人)は、まるで私たちが「自分たちは誰で、どんな時代を生きていて、どう生き抜けばいいのか」を理解するためのヒントをくれる存在のようだ。
昔、ずっと昔、あの本当に暗かった時代に人々はどうやって前に進んだのか?
未来や幸せがフェードアウトしていく声にすぎなかった時代に、どうやって歌を歌い、何を話し、踊っていたんだろう?

Rolling Stones誌: マリリナ・ベルトルディ新譜批評
https://es.rollingstone.com/arg-critica-marilina-bertoldi-para-quien-trabajas/

批評は、80年代への回帰は単純な懐古ではなく、「今の不安を読み解くための参照点として過去の音楽が必要」だったと指摘しています。社会や政治の揺らぎが強まるなかで、かつて暗闇をくぐり抜けた時代の音へ耳を傾けることが、一つの手がかりになるのではないかという視点です。
マリリナ本人も「1970〜80年代のアルゼンチンロックももう一つのフォルクローレ」だと述べた後、このように続けています。

“retomar un poco esas sonoridades, esas producciones, me parecía muy importante para continuar el mensaje del disco. El disco estaba hablando sobre eso, sobre la época actual, que no es fácil. Es un momento muy duro para la Argentina y sentí que, en algún punto, me completaba el mensaje, para hacerlo un poco más folclórico en ese sentido”.

「だから私は、あの時代の音やプロダクションを少し取り戻すことが、このアルバムのメッセージを続けるうえでとても大切だと感じました。このアルバムは《今》という時代について語っているんです。簡単な時代ではないし、アルゼンチンにとってとても厳しい瞬間でもある。そんな今の状況を語るために、あの頃の響きを取り入れることで、作品全体のメッセージがよりフォルクローレ的に完成するような気がしたんです。」
(マリリナ・ベルトルディのインタビューから)

Radio Universidad Chileインタビュー :「ミレイによる文化への攻撃:これまで見たことのないあらゆるものへの軽蔑」https://radio.uchile.cl/2025/10/01/marilina-bertoldi-y-la-arremetida-de-milei-contra-las-culturas-es-un-desprecio-por-lo-argentino-que-no-se-habia-visto-antes/

つまり、80年代的な音が「今という厳しい時代」を語るために必要だったと説明されています。アルゼンチンロックの1970〜80年代を「もう一つのフォルクローレ」と捉え、その響きに今のアルゼンチンを映し出そうとする試みといえそうです。

「今の不安」とは何か?~ リバタリアニズムと加速する資本主義

今のアルゼンチンは、ハビエル・ミレイ政権下での緊縮財政の結果、数字の上では財政黒字やインフレの沈静化といった改善はあるものの、その実感は必ずしも日常に行き渡っていません。「チェーンソー改革」の恩恵は平等に届かず、むしろ社会の分断が目立つようになっています。

また、文化や教育への公的支出の大幅削減は、社会から「文化の余白」を失わせる方向に進んでおり、想像力や他者への感受性を少しずつ硬直させ、ヘイトや対立が深まる一因にもなりつつあります。

その一方で、個人の生活には、生産性や評価、成果を求め続ける資本主義的な価値観が、一種の強迫観念のように入り込んでいます。今の不安定な時代は、社会制度と個々人の内面の両側から個人を圧迫してくる雰囲気があります。
このような空気の中でマリリナ・ベルトルディが突きつけるのが、「Para quien trabajas ― あなたは誰のために働いているの?」という問いです。

El álbum ya plantea una inquietud desde su título: “¿Para quién trabajás?”. Después de crear este disco, ¿sentís que encontraste más respuestas o que quedaron abiertas más preguntas?

La obra no busca dar respuestas, pero sí hace guiños. Te dice: “Querido, va por acá”, pero no pretende explicarte nada. Esa es la esencia del disco. Es más bien una afirmación con tono obligatorio, sin signos ni acentos. 

―アルバムのタイトル自体がすでにひとつの問いを投げかけていますよね。「¿Para quién trabajás?(あなたは誰のために働いているの?)」という問いですが、この作品を作り終えた今、以前よりも答えが見えたと感じますか? それとも、むしろ新しい疑問が増えましたか?

―この作品は、答えを与えようとはしていません。でも、ところどころで「ヒント」は出しています。「ねえ、こっちだよ」とそっと指し示すような感じで。でも、何かを説明しようとはしていない。それがこのアルバムの本質です。
これはむしろ、「断定」のようなものなんです。疑問符も、アクセントもついていないような。

ビルボード(アルゼンチン)誌 インタビュー「どこにでもボスがいる」
https://billboard.ar/entrevistas/marilina-bertoldi-presenta-para-quien-trabajas-hay-un-jefe-que-esta-en-todas-partes/

楽曲紹介(全10曲)

01. Para quien trabajas(君は誰のために働いてる)

マリリナと彼女の甥っ子との楽器のキーボードをめぐる会話からアルバムは始まり、「幸福な世界」とは何なのか問いかけます。

Un mundo feliz nunca fue así
Repensemos  y quizás nos haga reír

幸福な世界なんて、そんなものじゃなかった
考え直そう、笑えるかもね。

「Para quien trabajas」Marilina Bertoldi 2025年

『Un mundo feliz』といえば、オルダス・ハクスリーのディストピア小説『Brave New World(すばらしき新世界)』(1932年)のスペイン語訳です。『すばらしき新世界』では「完全に管理された幸福社会」の矛盾と恐ろしさが描かれており、人間は人工的に階級別に生まれ、苦しみや不満は薬(ソーマ)で打ち消し、芸術や宗教や家族は混乱の原因として排除されます。全てが「効率」「快適」「安定」のために最適化された社会なのに、本当の幸福はそこにはないという「近代化=幸福」を批判した内容です。

El título habla también de una certeza. En el fondo, ya sabés la respuesta. Hay un jefe en común que tenemos todos. Está en todas partes. Nos persigue incluso en nuestros momentos libres, esos en los que deberíamos descansar, pero sentimos que tenemos que ser productivos.
Nos volvimos adictos a las redes, al celular. Si tenés plata, se supone que deberías hacer más plata con tu vida. Si sabés pintar, tenés que convertirlo en un negocio. Incluso en tu tiempo libre, tenés que capitalizarte.
Habla un poco de eso, de ese jefe invisible que todos tenemos, que se metió hasta en nuestros momentos de intimidad.

タイトル(「Para quién trabajás」誰のために働いている)も、ある種の確信を示しているんですよ。実はもう答えはわかっている、そんな感じ。だって、みんな共通の「上司(ボス)」を持っているんです。それは目に見えないけど、どこにでもいて、本来なら休むべき時間でさえ、私たちを追いかけてくる。
たとえば、スマホやSNSへの依存。お金を持っていれば「もっと増やさなきゃ」と思わされる。絵が描けたら「それでビジネスをしなきゃ」と感じてしまう。自由時間さえも資本化しなきゃいけない風潮です。
このアルバムは、そんな見えない上司、つまり私たちの心の中に入り込んでしまった「見えない上司」について語っているんです。

ビルボード(アルゼンチン)誌 インタビュー「どこにでもボスがいる」
https://billboard.ar/entrevistas/marilina-bertoldi-presenta-para-quien-trabajas-hay-un-jefe-que-esta-en-todas-partes/

SNSマーケティング、投資、セルフブランディング…、豊かさや効率・快適・安定を追及するあまり、疲弊したり鬱になる社会。効率第一で進む世界に最近はAIまで出てきて、その影の側面に不安を感じている人は多いのではないでしょうか。

02. No quiero más mi rocanrol(私は自分のロックンロールはもういらない)

最初に少しふれたように、2010年代後半くらいからアルゼンチンの音楽シーンはトラップの人気が高まり「ロックは死んだ」と言われていたようです。ところが、最近のトラップ系ミュージシャンもツアーの際にはロックバンドを入れる人がふえているようです。

ロックを否定しておきながら、結局ロックに回帰しているトラップ勢に対する、根っからのロッカーによる冗談めかした応酬の歌です。
「トラップは死んだ、でも私は自分のロックンロールを続ける」という宣言かつ、ロックを拒絶する人々へのからかいも含まれた、ユーモアを感じる曲です。

No quieren más mi rocanrol
Vuelvan atrás, el trap murió

あいつらはもう俺のロックンロールなんて欲しくない
引き返せ、トラップは死んだ

「No quiero más mi rocanrol」Marilina Bertoldi 2025年

03. Autoestima(自己肯定感)

最初にシングルカットされた曲で、今の政治的・社会的状況全般に対する疲弊を歌っています。
政治・芸能スキャンダルで報道やSNSが過熱し、誰もが誰かを批判する「毒の循環」が社会のテンションを作る現状に対する嫌悪感が吐露されています。

Esto es lo que se estila
pasa el tiempo todo se olvida
escupimos para arriba
no es lluvia esto es Argentina

Pero no quiero hablar de ellos
de ellos
no, no, no, no

Todo el día porquería y más
que nos salve el autoestima

Mеjor no hablar de ciertas cosas

これが今の流行り
時が経てば、みんな忘れる
私たちは上に唾を吐く
それは雨じゃない、これがアルゼンチン

でももう、あの人たちの話はしたくない
あの人たちの
もう、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ

一日中、くだらないことばかり
頼むから、自己肯定感が私たちを救ってくれますように。

ある事柄については話さない方がいい

「Autoestima」Marilina Bertoldi 2025年

空に向かって唾を吐けば自分に降りかかってくる。つまり自業自得ということを「これがアルゼンチンだ」とバッサリ切り捨て、こうした外界のノイズから自分を守ってくれるのは「自己肯定感(autoestima)」だけで、沈黙や語らない自由に、自分を守る術を求めています。

最後に挿入された「Mеjor no hablar de ciertas cosas(ある事柄については話さない方がいい)」はSumoというバンドの同名曲のサンプリングです。Sumoは1980年代に活躍したバンドで、この「Mеjor no hablar de ciertas cosas」という曲は、当時の軍による検閲や社会の雰囲気をよく表しています。
(この点については 第4章参照

04. Siglos (何世紀ものあいだ)

タイトルは、「永遠のように続いている長い間」というニュアンスで、アルゼンチン社会に深く根付いた、カトリック的な道徳や性別規範などの呪縛や閉塞感からの精神的脱出と再出発を描いていると思われます。楽曲の最後には、カトリック神父の祈りが入っています。

この曲の歌詞に出てくるフレーズ「Voy a la cocina, luego al comedor」(キッチンに行って、次はダイニングへ)は、1990年代のアルゼンチンを代表する社会抗議の歌「Sr. Cobranza」(ミスター取り立て屋)からの引用です。
(この点については 第5章参照

05. Bajan de día de noche esperan(昼は降り、夜は待つ)

イントロでThe Smashing Pumpkins「1979」のサンプリングが使われています。「1979」は過去へのノスタルジーを呼び起こす曲で、過去に意識を向けさせる効果を与えています。

Amaneció y es el lugar
En donde va tu casa a estar
No te espero y es verdad
Que donde estés no voy a estar

Dime que no, que no, que no
¿Qué no? Es lo que espero

夜が明けた、そしてここが
あなたの家が建つはずの場所
もう、あなたを待ってはいない
あなたがいる場所に私はもういない、というのは本当

「No」と言って、「No」って
「何にNo?」その言葉を私は待っている

「Bajan de día de noche esperan」Marilina Bertoldi 2025年

別れや関係の終わりを示唆し、相手の口からも言わせようとしていながら、何を否定して欲しいのかはあいまいです。

MVは一人芝居で、18–19世紀のヨーロッパ儀礼・行進服のような服装で短剣や旗を振り回したり、茶目っ気いっぱいにスマホで自撮りをしています。

ナポレオン期〜19世紀中盤を思わせる衣装から、フランス革命やナポレオン戦争、啓蒙主義、さらに権利や自由、フランス人権宣言などへの連想につながってきますが、フランス人権宣言は男性中心的な理念で「人間=男性市民」で、女性・奴隷・植民地民・貧民には男性と同じような権利は認められていなかったことでも有名です。
この楽曲を直接説明したものではないですが、彼女が「権利」についてインタビューで語る内容は興味深いです。

Esto de que no hay nada ganado es algo que tenemos que estar constantemente recordando. Incluso nuestros derechos como mujeres, la comunidad LGBT también. Por eso es muy importante la historia. Entenderla es básico, para comprender quién te dio tus derechos. Si los conseguiste por peleas y luchas eternas o si te fueron concedidos porque sí. Esa sensación de ‘estas cosas me las merezco, nací con esto, no lo puedo perder’ no hay que tenerla.

何ひとつ「勝ち取って終わり」というものはない、ということを私たちは常に思い出さなければならない。 女性としての権利も、LGBTコミュニティの権利も同じです。だからこそ歴史がとても大切なんです。
誰があなたの権利を与えてくれたのか、 それを理解することが基本になる。その権利が、長い闘いの果てに勝ち取られたものなのか、 それとも何の理由もなく与えられたものなのか。『これは当然のもの』『生まれつき持っているもの』『失うはずがない』そんなふうに感じてはいけないのです。
(マリリナ・ベルトルディのインタビューから)

Radio Universidad Chileインタビュー :「ミレイによる文化への攻撃:これまで見たことのないあらゆるものへの軽蔑」https://radio.uchile.cl/2025/10/01/marilina-bertoldi-y-la-arremetida-de-milei-contra-las-culturas-es-un-desprecio-por-lo-argentino-que-no-se-habia-visto-antes

MVを見ながらこの曲を聴くと、一個人の人生を超えた、もっと歴史的な「過去」へのノスタルジーを感じました。

06. El Gordo(デブ)

80年代風のプログラムされたドラムで始まり、Charly Garcíaの『Clics modernos』やTears for Fearsを彷彿とさせるサウンドが特徴的な曲です。

歌詞は、汚く荒々しい言い方で「cierren el orto」(黙れ)と繰り返し、眠っているデブ(Gordo)を起こすなと警告しています。この「El Gordo」(デブ)とは誰のことなのか…?
(この点については 第6章参照

07. Por siempre es un lugar(永遠という場所)

静かなバラードですが、ロマンチックというよりも警告するラブソングです。自分の壊れた部分、愛の暴力性、相手を傷つける恐れをそのまま言葉にしています。

—Ya que hablamos canciones, una de las más transparentes es “Por siempre es un lugar”, donde admitís: “Para mí solo existe el odio porque pensaba que el amor no era un lugar para mí”…

—Sí, habla de asumirse como alguien que ya está roto y que advierte que viene con esa mochila. Después de tantos discos diciendo que quiero estar bien, que “quiero ser una buena persona para vos, te voy a dar el mundo… pero desaparezco de la nada y te rompí el corazón”, llegó el momento de decir: “Che, no estoy bien” (se ríe). Es así. Entonces esta es mi manera de enamorarme hoy: hacer una canción sola de amor en un disco cuando antes los dedicaba enteramente a eso, para advertirle a una persona qué puede pasar y, en un punto, cuidarla de mí.

[インタビュアー]
曲の話に戻ると、「Por siempre es un lugar」はもっとも率直な曲のひとつですね。「愛は私の居場所じゃないと思っていたから、憎しみしか存在しない」と歌っています。

[マリリナ・ベルトルディ]
そう、この曲は「自分はもう壊れている人間なんだ」と認めて、その「壊れた荷物」を背負って生きているということを自覚している内容なんです。
これまでたくさんのアルバムで、「私は幸せになりたい」「あなたのためにいい人でいたい」「世界をあなたにあげたい」そんなふうに言ってきたけれど、結局は突然いなくなって、相手の心を壊してしまう。だから今は、「ねえ、私、実は大丈夫じゃないんだよ」(笑)って言う時期に来たんだと思う。そういうことなの。だからこの曲は、いまの私なりの恋のしかたなんです。昔はアルバムまるごとを恋の歌にしていたけれど、今はこの1曲だけを愛の歌にして「私と関わると、こういうことが起こるかもしれない」って相手に注意を促して、ある意味でその人を私から守るための歌なんです。

El Pais ウルグアイ:マリリナ・ベルトルディ:『Para quién trabajas』の舞台裏と、楽曲を通して彼女が立ち向かうモンスターhttps://www.elpais.com.uy/tvshow/musica/marilina-bertoldi-el-detras-de-escena-de-para-quien-trabajas-y-el-monstruo-que-enfrenta-con-sus-canciones

08. De caza(ハンティング)

内面的な葛藤や告白を歌った歌で、自我や関係性、記憶といった複数のレイヤーが同時に折り重なっていて、「言う瞬間」を境に、何かが変わろうとしている内的・外的なドラマが展開されているような曲です。

No tengo opción, es decírtelo o decírtelo
選択肢がない、言うしかない、言うしかない

(中略)

Vine y no para desesperar
Es lo que quiero Elena

私は絶望するために来たんじゃない
それが私の望みなの、エレナ

「De caza」Marilina Bertoldi 2025年

マリリナ・ベルトルディの母親の名前がエレナ(Elena)という情報があります。
※[onceyalgo:PARA QUIEN TRABAJAS Vol I, Marilina Bertoldi]
https://www.onceyalgo.com/2025/05/para-quien-trabajas-marilina-bertoldi.html

ドールハウスという閉鎖的で人工的な空間の中で、頭だけ出して歌うMVからは、社会的な期待や規範の中で自分の本当の気持ちを言えずにいる状態からの解放を歌っているようにも見えます。ちなみにドールハウス(dollhouse)は、文学的・フェミニスト的文脈ではイプセンの『人形の家』(A Doll’s House)とつながる、家父長制のメタファーでもあります。

09. Amanecen ocasos(黄昏が明ける)

直訳で「日没が夜明ける」という矛盾したタイトルにダークでアップテンポな曲調で、モラハラ的状況に対する鬱積や無力感、自己防衛が絡み合った心境が描かれています。

Lo tengo listo como lo esperaba
Un aire de eso me esperaba
Abría puertas que antes cerraba
Un hábito que destrozaba

予想通りに準備はできている
その空気が私を待っていた
以前は閉じていた扉を開けた
壊れていた習慣

Recuerdo como te reías
Fue todo culpa mía
Mintiéndome después
Nada va a cambiar otra vez

あなたが笑っていたのを覚えてる
最初は全て自分のせいだと思っていたけれど
後になってそれが自分への嘘だったと気づく
また何も変わらないだろう

(中略)

Mirame a los ojos
Esto no va a pasarme
Nunca
Más

私の目を見て
こんなことは私に起こらない
二度と

(中略)

Amanece despacio y no
Abro la puerta
Amanecen ocasos que
Huelen a tierra

ゆっくりと夜が明けるけど、私は扉を開けない
夕暮れが夜明けのように訪れ、土の匂いがする

「Amanecen ocasos」Marilina Bertoldi 2025年

歌の中で二回繰り返される「Nunca más」は「二度と〜しない」という意味で、アルゼンチンでは非常に重い歴史的意味を持つフレーズです。民主化後に軍事独裁政権下での強制失踪や拷問・殺害などの人権侵害を調査したCONADEP(国家失踪者委員会)の最終報告書のタイトルとして使われ、また1985年の軍事政権幹部裁判では、検察官フリオ・セサール・ストラッセラが最終弁論を「Señores jueces: Nunca más」(判事の皆さん、二度と)という言葉で締めくくり、「Nunca más」はアルゼンチン国民の記憶に深く刻まれています。

この楽曲からは、個人的なトラウマと集団的なトラウマを重ね合わせることで「二度と繰り返さない」という普遍的な誓いを表し、権力による暴力も個人間の親密な関係における暴力も「Nunca más」の対象になりうるという決意を感じます。

10. Monstruos(モンスターたち)

どことなくビョークの歌い方に似た「Monstruos(モンスター)」の繰り返しが印象的なこの曲は、2024年5月にブエノスアイレスで起こったレズビアン殺害事件のあとにできた曲です。
事件は4人のレズビアン女性が住む部屋に隣人男性が火炎瓶を投げ込み、女性3人を死亡させて1人に重傷を負わせたもので、加害者は以前から被害者たちをレズビアンであることを理由に侮辱、脅迫しており、事件時は火炎瓶を投げ込んだ後、部屋のドアを閉めて女性たちが逃げようとすると炎の中に押し戻していたといわれています。

さらに、この事件は普通の殺人として片づけられ、ヘイト・憎悪殺人の側面が無視されている問題点が指摘されていて、マリリナ・ベルトルディはインタビューで「レズビアンであることが今でも命の危険を伴うなんて信じられない。こういうことが起きても、ニュースにさえならない。単なる犯罪として曖昧にされてしまう」と話しています
※PRESENTES:マリリナ・ベルトルディ「今でもレズビアンであることで命の危険にさらされるなんて信じられない」
https://agenciapresentes.org/2025/06/11/marilina-bertoldi-no-puedo-creer-que-hoy-ser-lesbiana-implique-un-riesgo-de-vida/

殺人犯はモンスターのような人間ですが、ここで歌われているのは「自分の中にいるモンスター」です。

Me di cuenta de que lo más terrorífico que me podía pasar era convertirme en lo que tanto cuestionaba: una persona violenta, con sed de venganza. Estaba empezando a desear cosas feas. Me vi reflejada en eso y fue muy fuerte.
Esa canción fue mi forma de decir: “No quiero convertirme en lo que critico”. Por eso me pareció una buena conclusión para el disco, porque creo que es algo que nos empieza a pasar a muchos.

気づいたのは、私にとっていちばん恐ろしいことは、自分がずっと批判してきたもの、暴力的で、復讐心にとらわれた人間に自分自身がなってしまうことです。だんだんと、醜いことを願うようになっていた。その自分を鏡のように見つめた瞬間、とても強い衝撃を受けました。
この曲は、そんな私が「自分の批判してきたものにはなりたくない」と伝えるための手段だったんです。だからこの曲をアルバムの締めくくりにするのがふさわしいと思いました。なぜなら、これは今、私たちの多くに起こり始めていることだと思うからです。
(マリリナ・ベルトルディのインタビューから)

ビルボード(アルゼンチン)誌 インタビュー「どこにでもボスがいる」
https://billboard.ar/entrevistas/marilina-bertoldi-presenta-para-quien-trabajas-hay-un-jefe-que-esta-en-todas-partes/

4.沈黙の系譜「Autoestima」~ 1980年代(Sumo、Los Redondos)

 マリリナ・ベルトルディの「Autoestima」(自己肯定感)は、情報の洪水に疲れ、沈黙することで自己肯定感を保とうとする心境を歌っています。
この「自分を守るための沈黙」は過去にもありました。

1980年代の曲「Mejor no hablar de ciertas cosas」に似たベースラインと「No, no, no, no…」の繰り返し、そして最後に挿入されたサンプリングが「過去の沈黙」を思い出させ、「Autoestma」に歴史的な深みとアイロニーを与えています。

ここではアルゼンチンの沈黙の歴史を「Mejor no hablar de ciertas cosas」という楽曲を中心にみていこうと思います。

「Mejor no hablar de ciertas cosas」~ 沈黙することで語る

曲名を訳すと「ある事柄については話さない方が良い」です。
この曲は、Sumoのデビューアルバム『Divididos por la felicidad 』(1985年)に収録されています。サックスが印象的なポストパンクで、 すりガラスの向こうにいる女性、街を破壊する竜巻、甘い花、自首する逃亡者、といった断片的なイメージを次々に登場させておきながら、「いや、その話はしないほうがいい」と全て否定していきます。
一見、ナンセンスな歌詞ですが、検閲下の社会に対する皮肉として聴くと違う姿が見えてきます。

Una mujer
Una mujer atrás
Una mujer atrás de un vidrio empañado
Pero no!!!
Mejor no hablar de ciertas cosas

ひとりの女
向こうに
曇ったガラスの向こうに女がいる
でも ダメだ!
こういうことは 話さないほうがいい

「Mejor no hablar de ciertas cosas」Sumo 1985年

「曇ったガラスの向こう」という描写自体が検閲のメタファーでもあり、話題に出そうとしてやめること自体がその話題性を示し、何でもかんでも「No!」の連発は独裁政権下の抑圧そのもので、聞いているうちにだんだんと可笑しさがこみ上げてきます。
話すことが危険で、生き延びるためには沈黙するしかなかった検閲下をロックで皮肉っています。

Patricio Rey y sus Redonditos de Ricota ~ 神秘的なロック

実はこの曲の誕生と作曲者の背景は、さらに深い歴史があります。
「Mejor no hablar de ciertas cosas」という曲はもともと、Patricio Rey y sus Redonditos de Ricota(通称 Los Redondos)の楽曲でした。このバンドは1976年にアルゼンチンのラ・プラタで結成された、アルゼンチンロック史における重要かつ影響力の大きなバンドのひとつです。

70年代のPatricio Rey y sus Redonditos de Ricota
(Wikimedia Commons Public Domain)

このバンドの出発点は、オンガニア軍事独裁政権(1966〜1970年)期の抑圧と、そこから芽生えたカウンターカルチャーの精神にあって、1976〜83年の軍政期よりも前から続く政治的圧力の中で生まれた語れない声の延長線上にあります。

オンガニア政権の「沈黙の時代」とヒッピー文化「太陽の花の友愛会」

アルゼンチンの「沈黙の時代」は1976年からの軍事独裁政権時代に急に始まったわけではなく、その影は10年前、オンガニア将軍が率いた「アルゼンチン革命」(1966〜73)の時代に既に落とされていました。

オンガニア政権期とは

オンガニア政権では秩序とキリスト教的道徳が掲げられ、大学・労働組合・報道機関が一斉に統制されました。芸術や報道も国家の監視下に置かれて、反体制的な言説や性的・政治的表現は社会の腐敗とされ、学校教育からも自由思想が排除されます。有名なのは「La Noche de los Bastones Largos(長い警棒の夜)」で、教授や学生が警棒で殴られ、多くが国外亡命を余儀なくされた事件です。その結果、アルゼンチンは頭脳流出を起こして教育・研究システムに長期的な悪影響が及んだと言われています。

さらに「内部の敵」という概念が本格的に制度化されたのもこの時期です。この概念自体は1964年頃からオンガニアが提唱していましたが、政権掌握後、共産主義者や左派活動家だけでなく、体制に異議を唱える芸術家や学生までも精神的脅威とみなされるようになります。この「見えない敵」を国内で探し出して抹消するという論理は、1970年代後半の「汚い戦争(Guerra Sucia)」にそのまま引き継がれます。つまりオンガニア政権は、後の軍事独裁が実施する恐怖と管理による社会統制のプロトタイプでした。

ヒッピー文化とヒューマニズム運動

けれども同時に、その抑圧の中から70年代後半からのアルゼンチンロック黄金期につながる動きが芽生えます。Los Redondosのルーツをたどると、1967年ごろにラ・プラタのヒッピー・コミュニティに生まれた「La Cofradía de la Flor Solar(太陽の花の友愛会)」に行き着きます。フラワーパワー、平和主義、1968年のフランスの五月革命の思想に影響を受けた音楽家や詩人、職人、造形芸術家たちの活動で、Los Redondosのメンバーはこの活動の中で出会い、バンド結成に至ります。

また同時期に起こったカウンターカルチャー運動に「ヒューマニズム運動(Movimiento Humanista)」があります。これは南米独自の社会意識とスピリチュアルな倫理観を持ち、非暴力と内的解放を掲げ、既存の権威主義に対抗する運動でした。Los Redondosのリーダー、カルロス・“インディオ”・ソラリ(Carlos “Indio” Solari)はこのヒューマニズム運動に参加しており、1970年代半ば、特に1976年の軍事クーデター前後に当局に危険人物として目をつけられ、拘束・拷問を受けています。
※ MDZ Online「Cuando el Indio Solari era uno de los fieles del mendocino Silo」https://www.mdzol.com/politica/2019/4/11/cuando-el-indio-solari-era-uno-de-los-fieles-del-mendocino-silo-23824.html

ヒューマニズム運動への参加と拘束・拷問体験は、ソラリにとって組織化された政治運動そのものへの根本的な疑念を生んだようで、彼は特定の思想や運動のもとに自らを完全に委ねてしまうことの危うさを強く実感し、以後は政党や組織の一員として行動する道を意識的に選ばなくなっていきます。とはいえ、ソラリは政治性を放棄したのではなく、政治を語る方法をロックの表現に変え、歌詞に権力、暴力、裏切り、群衆心理、自己の分裂といったテーマを暗号のような比喩と多義的な言葉で刻み込んでいきます。彼のロックは、体制に対して明白なスローガンを突きつけるのではなく、「何かがおかしい」という違和感そのものを感じさせます。

「Criminal Mambo」犯罪を状況証拠から暴く

Los Redondosの80年代の曲「Criminal mambo」(犯罪的マンボ)という曲も、「何かがおかしい」という違和感を残す曲です。mamboは南米のダンス音楽の意味もありますが、アルゼンチン俗語(lunfardo)では「混乱、無秩序な状況、トラブル、重い話」のような意味があり、この曲は「犯罪状況」と訳した方がいいかもしれません。

曲調はヘビーな骨太ロックで、歌詞はひたすら「Es un criminal mambo」と繰り返すだけで犯罪が何なのかは一切言葉では説明しません。

Es un criminal mambo
Es un criminal mambo
¡Criminal, criminal mambo!
(中略)
Sonato un raggio dal capo al piede
De cuore a faccio tutto da me
Me beso a bolo con precizione
E solo copio la mía lezione
¡Banzai!
¡Banzai!
(中略)
¡Criminal, criminal mambo!

これは犯罪的なマンボ(犯罪状況)
犯罪的なマンボ
犯罪的な、犯罪的なマンボ!

(中略)
頭のてっぺんからつま先まで
心の奥から、全部ひとりでやる
自分自身に、正確にキスをして
俺はただ、自分のレッスン(教訓)だけを写している
バンザイ!
バンザイ!
(中略)
犯罪的、犯罪的な状況!

「Criminal Mambo」Patricio Rey y sus Redonditos de Ricota 1985年

歌詞にはイタリア語と日本語が使われていて、そこがヒントになっているようです。
まず、イタリア語の「faccio」(する)はスペイン語の「facho」(ファシスト)と音が似ており、日本語の「Banzai!」(バンサイ)は特攻隊員が突撃前に叫ぶ「天皇陛下万歳!」のことで、敵の存在を暗示していると言われています。
参考:El Cohete a la Luna – Criminal Mambo|https://www.elcohetealaluna.com/criminal-mambo/

そして「万歳!」の後、上空に何かが飛んでくるような音が聞こえてきます。このヘリか飛行機のような音は、監視や拉致、死のフライトを連想させ、これらから「軍の犯罪」を指していることが示されます。

余談ですが、この曲はLos Redondosの1stアルバム『Gulp!』(1985年)のラストを飾っています。このアルバムの初回盤の内カバーには、検閲制度を嘲笑した「Criminal Mamboを禁止する」というCOMFER(放送通信委員会)による「偽文書」がついていたそうです。

軍政が終わった1985年でも民主化はまだ表面的で、軍事独裁体制を支持していた権力構造も温存されており、根底ではまだ恐怖に支配されているような状況でした。そのような中、直接言葉で語れない事柄をさまざまな手段で表現していたことがわかります。

1982年:戦争とフェスがもたらした「曲の受け渡し」

Los Redondosの背景や楽曲を通して80年代アンダーグラウンドが表現する「沈黙」を見てきました。ところで、そもそもSumoというバンドは何なのか、またどうして「Mejor no hablar de ciertas cosas」という曲がSumoに受け継がれたのか?について軽く触れておきたいと思います。

この曲がSumoの曲になったきっかけは1982年9月21日、マルビナス戦争の敗戦からわずか3か月後に開かれたロックフェス「Festival de la Primavera」で、出演予定だったLos Redondosのボーカル、インディオ・ソラリが出演を拒否したことがきっかけです。理由はソラリの「夜に単独で演奏する(solos y de noche)」という独自の美学を貫くためで、その結果、バンドは出演するものの、ソラリ本人は姿を見せないことになりました。

そこで代役を務めたのがSumoのボーカル、ルカ・プロダンで、このとき歌った数曲の中で「Mejor no hablar de ciertas cosas」の歌詞に強く惹かれ、自分のバンド Sumo に持ち帰ってアレンジを加えて、後にSumoの曲としてリリースすることになったようです。

なお、Los Redondosのオリジナル版は録音が残されておらず、今では聴くことができません。当時はテンポの遅い、即興的な歌だったと言われています。

危険な時代にやってきた異邦人のロック魂 、ルカ・プロダン

実はこのルカ・プロダン(1953~1987)は、アルゼンチン人ではないにも関わらず、アルゼンチンロック史で無視できない存在として名を残しています。
面白いことに、多くのアルゼンチンのアーティストがスペインやメキシコに亡命していた軍政期に、あえてイギリスからアルゼンチンに渡ってきています。

Luca Prodan (1987年 Gabriel Rocca 撮影)

ルカ・プロダンはローマの裕福なイタリア系スコットランド人の家庭に生まれ、イギリスの名門寄宿学校に進学するも17歳で脱走して、70年代はロンドンのパンクバンドで活動していました。音楽活動の中、彼は深刻なヘロイン依存に苦しみ、さらに姉の自殺にショックでヘロインを過剰摂取して昏睡状態に陥り死にかけます…
そんな時、アルゼンチンに住む寄宿学校時代の友人に「ここにはヘロインがないから」と療養を勧められたのがきっかけで、ルカは1981年にアルゼンチンに渡ります。アルゼンチンの軍事政権下よりもヘロインの方が、ルカにとっては差し迫った命の危険だったようです。

最初はコルドバ州の山間部で、弾圧を逃れたヒッピーや芸術家が集まる隠れ里で暮らしていたそうですが、やがて田舎暮らしに飽き足らなくなり、ブエノスアイレスに移ってアンダーグラウンド音楽シーンの渦中へ飛び込んでいきます。

アルゼンチンの音楽シーンに与えた影響

そんな中、1982年にマルビナス(フォークランド)戦争が勃発し、英語やイギリス文化が排斥対象となります。イギリス育ちのルカが英語で歌うことは極めて挑発的だったにも関わらず、次第にブエノスアイレスのアンダーグラウンドシーンで影響力のある存在になっていきます。彼の存在は軍部には「理解不能な外来者」として映ったようで、その極端な異質さゆえに対処のしようがなかったようです。「出る杭は打たれる」という諺がありますが、逆に「出過ぎた杭は打てない」状態だったのかもしれません。(拘束されたことはあるようです)

ルカ・プロダンは、チャーリー・ガルシアやスピネッタに代表されるような技巧的でシリアスなプログレやヌエバ・カンシオンが主流のシーンに、ポストパンクの粗野な音、ファンクやレゲエのリズム、そして「ロックスターらしくない」姿を持ち込みました。洗練されたロックに泥臭い現実を叩きつけた外国人として強烈な印象を残し、Sumoは熱狂的な人気を得ますが、ルカは34歳で亡くなります。ちなみに彼が住んでいた家は、ロッカーの聖地になっているようです。

ルカ最後の家「Alsina 451」(2015年 Roberto Fiadone撮影)

2025年「Autoestima」~「沈黙」の変わった点、変わらない点

このように80年代の沈黙は、タブーに触れないことで検閲を皮肉ったり(Mejor no hablar de ciertas cosas)、言葉ではなく状況から軍部の犯罪を示したり(Criminal Mambo)と、「沈黙」して国の暴力から身を守りつつ抵抗しています。

それに対し、言論の自由が保障されている今は、情報過多と批判の応酬で疲弊を感じる状況となっていて、そこから自分の身を守るために沈黙を自ら選ぶ事態となっています。「Autoestima」では「沈黙」は抑圧の象徴から、セルフケアの手段へと変化してしまっているのは皮肉ですね。

それでも変わらないのは、沈黙がいつも「生き延びるための術」であるという点で、80年代のロックと静かに共鳴しているともいえます。

80年代の影はMVにも感じられ、人のいない暗い夜道のカットや、顔が見えない暗い服の人物、そして「Mejor no hablar de ciertas cosas…」というルカ・プロダンの声が入るラストシーンは少し不気味です。

他にも、ボロボロのアルゼンチン国旗や、夜道を何者かに抱きかかえられて移動したりと意味深なシーンが映っています。一個人の感想ですが、人のいない暗い街の夜道や抱きかかえられての移動は拉致を連想させ、顔の見えない暗い服の人物は失踪者もしくは80年代の象徴のようにも見えてきます。

5. 閉塞感「Siglos」~ 1990年代(Las Manos de Filippi、Bersuit Vergarabat)

マリリナ・ベルトルディの「Siglos」(何世紀ものあいだ)は、歌詞に十字架が登場し、カトリック神父の祈りで締められています。カトリック的道徳観や性別規範などからくる呪縛や閉塞感が表れていて、そこからの精神的脱出と再出発がテーマになっていると思われます。

この曲の途中に出てくるフレーズ「Voy a la cocina, luego al comedor」(キッチンに行って、次はダイニングへ)は、90年代のアルゼンチンを代表する社会抗議の歌「Sr. Cobranza」(ミスター取り立て屋)からの引用です。オリジナルは1995年にLas Manos de Filippiが作曲、1998年にBersuit Vergarabatがカバーして大ヒットしています。

「Sr. Cobranza」は、最初は静かに閉塞感ただよう日常生活を歌っていますが、だんだんと当時のカルロス・メネム政権(1989年から1999年)に対する怒りをぶちあげてくる痛烈な歌で、この歌が表す当時の閉塞感に、今の時代の個人が抱える閉塞感が重ねあわされているようです。

ここでは、1990年代のアルゼンチンの閉塞感を「Sr. Cobranza」という楽曲を中心にみていこうと思います。

Las Manos de Filippi(フィリッピの手)とは?

「Sr. Cobranza」を作曲したLas Manos de Filippiは、アルゼンチンのブエノスアイレスで1992年に結成されたアンダーグラウンドバンドです。クンビア、スカ、ヒップホップ、レゲエ、パンクロックなどをミックスしたサウンドが特徴で、バンドメンバーは労働者党(Partido Obrero)員として政治運動にも参加しているようです。

「手(las manos)」はフランスのバンドMano Negra、ペロン大統領の遺体から盗まれた手、風変わりな友人フィリッピの手の事故という3つの「手」がバンド名の由来と言われています。

「ペロン大統領の遺体から盗まれた手」というのは、1974年に死去し防腐処理を施され墓地に安置されていたペロン大統領の遺体から、死後13年経った1987年に、何者かが墓を破って電動ノコギリで両手を切断し盗み出した怪事件のことを指しています。身代金を払えという犯人の要求は無視され、手は今も見つかっていませんが、この事件の捜査に関わった人たちが次々と不審死を遂げているということで当時話題になっていました。「手」は権力の象徴とみなされ、この盗難事件は普通の窃盗犯罪ではなく深い文化的意味を持つと言われています。
※ 参考:Mundo Andino:Hands of Peron|https://www.mundoandino.com/Argentina/Hands-of-Peron

「Sr. Cobranza」(ミスター取り立て屋)

「Sr.Cobranza」のテーマは、政治腐敗・貧困・麻薬・暴力・体制批判で、Cobranza(債権回収屋)とは、国民から富を「取り立て」ている政治家のことです。

メネム政権へのラディカルな告発

当時はカルロス・メネム大統領政権(1989〜1999年)時代で、メネム大統領は労働者寄りのペロン党出身者だったにも関わらず、大統領就任後は富裕層優遇の新自由主義路線に走ります。ハイパーインフレを抑え込むために新自由主義的な改革を行い、国家企業の大規模な民営化や外国資本の自由参入、IMFの助言に従った通貨のドル固定制度制などを行います。

その結果、表面的には経済が回復して消費も増えた一方で、同時に起こった大量解雇や不安定雇用が常態化し、教育・医療などの公共サービスが切り捨てられ、急激に貧困化が進み格差が拡大していきました。

No le dejen ni los dientes
Porque es Menem, Menem se lo gana
Y no hablemos de pavadas
Si son todos traficantes
Y sino el sistema ¿qué?

メネムには歯一本だって残すな
奴はそういう報いを受けて当然だ
くだらないことを言うなよ
どうせみんなヤクの売人みたいなもんじゃないか
もしそうでないなら、この「システム」自体が何なんだよ?

「Sr. Cobranza」Las Manos de Filippi 1995年

traficantes は文字通りには麻薬の売人ですが、ここでは腐敗した政治家・企業家・金融権力者をまとめて批判した比喩として使われています。政府関係者・警察・企業が麻薬取引や汚職に関与しているというスキャンダルが頻発する一方で、国は債権者(IMFや外国資本)の利益を優先して国民を犠牲にしている社会構造がやり玉にあげられています。

「結局、政治家も企業もみんな腐ってる。本当の犯罪者は政治・金融なのに、罰せられて搾取されるのは庶民だ。もしそうでないと言うなら、この国のシステムそのものが腐っている」という社会システムへのラディカルな告発です。

「Sr.Cobranza」で描かれる「閉塞感」

ところで、ストレートに怒りをぶちあげてくる「Sr.Cobranza」は、失業して何もすることがない労働者の閉塞感を静かに描写するところから始まります。閉塞感で息が詰まりそうな日常生活の描写を「家の中の移動」に託すのは、チャーリー・ガルシアの「Yendo de la cama al living(ベッドからリビングルームへ)」と同じですが、「Sr.Cobranza」はベッドもリビングルームもない部屋で暮らす労働者のもっと切羽詰まった焦りと怒りに直結していきます。

Voy a la cocina, luego al comedor
miro las revistas y el televisor
Me muevo para aquí
Me muevo para allá

キッチンに行って、次はダイニングへ
雑誌とテレビを観て
こっちをウロウロ
あっちをウロウロ

「Sr. Cobranza」Las Manos de Filippi 1995年

こんな風に始まりますが、この直後から実名で政治家が名指しで批判されていきます。

Norma plá a cavallo
Lo tiene que matar

ノルマ・プラがカヴァッロを
ぶっ潰さなきゃならないよ

「Sr. Cobranza」Las Manos de Filippi 1995年

ノルマ・プラ(Norma Plá)は1990年代にアルゼンチンで年金受給者の権利を主導した女性活動家で、年金引き上げを要求して街頭行動を続け、国民的象徴になった人物です。そしてカヴァッロ(Domingo Cavallo)はメネム政権下の経済相(財務担当)で、新自由主義的改革の立案者の一人として、民営化や通貨政策(以後の社会的痛みの一因とされる)に深く関与しました。

曲が進むにつれて演奏もだんだん大きく激しくなってきて、労働者の怒りがそのままぶちあげられていきます。軍政期では政治家を実名で名指しして直接的に怒りを表現する曲はあり得なかったことを考えると、この12年間の変化は大きいですね。

Hijos de puta en la rosada
Y en todos los ministerios van cayendo
Hijos de puta que te cagan a patadas
ピンクの館(大統領府)にはクソったれどもが巣食ってる
省庁中にも同じ連中がいて
俺たちを蹴りつけて踏みにじるクソ野郎どもだ
(中略)
Por que en la selva se escuchan tiros
Son las almas de los pobres
Son los gritos del latino

Por que tienen el poder
Y lo van a perder
でも、森の奥(=辺境・貧困地)では銃声が響いてる
それは貧しい者たちの魂の叫び
ラテンの民の怒りの声なんだ

権力を持っている奴らは
それで権力を失うのさ

「Sr. Cobranza」Las Manos de Filippi 1995年

Bersuit Vergarabatとカバー

Las Manos de Filippiがアンダーグラウンドな存在だったこともあり、「Sr.Cobranza」はすぐに注目されて広まることはなかったようです。曲が広く知られるようになったのは、Bersuit Vergarabatというバンドがカバーしたのがきっかけです。

Bersuit Vergarabat(ベルスイ・ベルガラバ)は1988年に結成されたバンドで、ロックにムルガ、クンビア、タンゴ、フォルクローレを掛け合わせた独自のスタイルが特徴です。ライヴでは、ハードロックやヘビーメタルの革ジャケット文化への対抗意識を示し、精神病院の入院患者へのオマージュを込めて、あえてパジャマ姿で演奏していました。ちなみにこの不思議なバンド名は「言葉は使われるうちに意味を失っていくから、最初から何も意味しない名前をつけた」という理由で音の響きだけでつけられています。

Bersuit Vergarabatの「Sr.Cobranza」はGustavo Santaolallaがプロデュースした1998年のアルバム『Libertinaje』(放縦)に収録されています。「Sr.Cobranza」は当時まだ録音されていなかった未発表曲だったため、カバーするにあたってLas Manos de FilippiとBersuit Vergarabat、Universalレコード間で問題が長年続いていました。(2025年8月にようやく和解が成立)
※ 参考:Página12:「30年を経て、両バンドが合同して「Sr.Cobranza」をリリース」https://www.pagina12.com.ar/851895-a-30-anos-de-senor-cobranza-las-manos-de-filippi-y-la-bersui

Bersuit Vergarabatのカバーバージョンは、原曲と内容はほぼ同じですが、演奏と歌詞はよりキャッチーになり、静と動が強調されています。このカバーは爆発的にヒットしてBersuit Vergarabat自身もアンダーグラウンドシーンから抜け出て一気にメジャーな存在となります。

「検閲」がヒットの原因に?!

1970〜80年代の軍政期では確実に検閲にひっかかるような「Sr.Cobranza」の歌詞ですが、なんとこの曲のヒットにはその「検閲」が一役かっています。

1972年の創設からメディアをコントロールしてきたCOMFER(連邦放送委員会)は、1998年当時も残っていました。COMFERは「Sr.Cobranza」を「未成年者には不適切な粗野な表現や侮辱、そして現職および元政府高官に対する執拗な非難や侮辱に満ちている」として検閲対象とし、放送した局には最高20万ドルの罰金を科すとしました。

ところが、Universalレコードはこれを逆手にとって「Sr.Cobranza」を「検閲された曲」として話題化し、ブエノスアイレス中に歌詞全文を掲載したポスターを貼りまくり、急ピッチでMVを制作してマーケティングを行われたと言われています。検閲で潰される前に、あちこちでこの曲をかけさせて検閲規制を実質的に無効化させる作戦がとられたようです。
このMVでは最後に「CENSURADO」(検閲済み)という画面が出てきます。

“La gente quería escuchar eso que no se podía escuchar.
Es el absurdo que tiene la censura”

「みんな聞こえないものを聞きたかったのです。それが検閲の不条理です」
Juan Subirá(Bersuit Vergarabatのキーボード奏者)

La Nacion誌:検閲と人気:COMFERがBersuitの爆発的な人気を招いた時
https://www.lanacion.com.ar/espectaculos/musica/censura-y-popularidad-cuando-el-comfer-provoco-la-explosion-de-bersuit-nid2165495/

2025年「Siglos」~「システム」の閉塞感

「Sr.Cobranza」は社会システムへの批判だったのに対して、マリリナ・ベルトルディの「Siglos」は恐らく、個人の内面に入りこんでくるカトリック教会といった宗教システムについて歌っているように聴こえます。


それを示すのが、曲の最後に挿入されている「Padre misericordioso…(慈悲深き父よ)」という神父の祈りのサンプリングです。これは信仰告白というよりも宗教的抑圧を乗り越えるための儀式的な皮肉のように聞こえます。MVでもこの神父の祈りのあとに受話器を置くシーンがあり、決別の意図も感じます。
この宗教的な感覚はなかなか理解しづらいのですが、少し歌詞を読んでみたいと思います。

En la oscuridad entraste tú
Un espacio para clavar tu cruz
No pienses tanto

暗闇のなかにあなたが入ってきた
自分の十字架を打ちつけるための場所を見つけに
考えすぎないで

「Siglos」Marilina Bertoldi 2025年

cruz(十字架)は、アルゼンチン社会に深く根付くカトリック的な贖罪の文化を意識させます。「十字架」は個人に負わされた苦しみや罪の意識に結びついた象徴として、道徳や信仰を個人の心に押し付けてくるイメージがこの一節から感じられます。

そして「Sr.Cobranza」の歌詞の冒頭が引用されます。

Voy a la cocina, luego al comedor
Estoy descontrolada, pienso en algo mejor
Cada cosa un filtro me preocupo por dos
Tengo mucho, mucho, mucho, mucho temor

キッチンへ行って、次はダイニング
頭の中はぐちゃぐちゃ、もっといいこと考えたい
何をするにもフィルターをかけて、二重に気を使って
怖くて、怖くて、怖くて、怖くてたまらない

「Siglos」Marilina Bertoldi 2025年

「Sr.Cobranza」で政治や社会に対する閉塞感を表していた「Voy a la cocina, luego al comedor」は、「Siglos」では個人の閉塞感に置き変わっているようにみえます。

抑圧された心の中は混乱していて、不安や恐怖を抱えている様子が描かれています。個人の内面に入り込み、罪悪感や道徳規範を押し付けてくるカトリック的な価値観の圧力は、何世紀も続く個人を縛るシステムといえるでしょう。信仰や道徳が日常生活に溶け込んでいる社会で、「Aire nuevo para mi(自分にとっての新しい空気)」を見つけて自分らしく生きるには、相当な覚悟と葛藤、それに伴う不安や恐怖があるのだろうと想像します。

「Siglos」は宗教的支配からの脱却・解放への希望と不安を、アンビバレントなポップサウンドに託した曲ですが、「Sr.Cobranza」のようなエネルギーが秘められているようにも感じられます。

6.爆発寸前の私たち「El Gordo」~ 2025年(Marilina Bertoldi)

1980〜90年代のアルゼンチンのロックを参照する、というアルバム『Para quien trabajas vol. I』の方向性を決定した楽曲です。MVも一番お金をかけて作られており、この楽曲への思い入れが現れています。

そんなアルバム理解のキーとなるEl Gordo(太っちょ)とは誰なのか?
スペイン語版Rolling Stonesの批評では「私たちの姿そのもの」と説明されています。

Habla de odio, habla de destrato, y de la sensación de resquebrajarse cuando todo alrededor está a punto de estallar, como el gordo.Y no, no es el presidente, el gordo somos nosotros y también es ella, confundida, descreída.

憎しみについて語り、ないがしろにされることについて語り、そして、周囲のすべてが、太っちょがパンとはじけるように爆発寸前の状態にあるとき、自分が内側からひび割れていくような感覚について語っている。そして、いや、それは大統領のことじゃない。gordo(太っちょ)とは私たち自身のことであり、彼女自身のことでもある。混乱し、信じきれずにいる私たちの姿そのものだ。

Rolling Stones誌:マリリナ・ベルトルディ新譜批評
https://es.rollingstone.com/arg-critica-marilina-bertoldi-para-quien-trabajas/

どういうことなのか、まず歌詞を少し読んでみたいと思います。

El Gordo(デブ、太っちょ)とは誰のことか?

歌詞は、眠っているデブを起こしてどうするつもりなのか、という問いかけから始まります。

Van a despertar al gordo
Van a despertar al gordo
Y no sé no sé qué van a hacer con eso

デブを起こそうとしてるんだよ
ほんとにあの太っちょを起こすつもり?
それでどうするつもりなのか、私には全然分からない

「El Gordo」Marilina Bertoldi 2025年

「gordo(デブ、太っちょ)」は侮蔑的に使われるだけでなく、太っている人を愛情を込めて呼ぶ時にも使われることもある単語です。寝ているデブを起こさない方がいい、と警告しています。

Puro destrato y odio
Me tratas como un ogro
Y yo me quiebro poco a poco
Y no sé qué van a hacer con eso

軽蔑と憎しみばっかり
あんたは私を鬼みたいに扱う
そして私は、少しずつ崩壊していくんだ
その結果、どうなるかなんて知らないけどね

「El Gordo」Marilina Bertoldi 2025年

軽蔑や憎しみを受け続け、他人から悪者扱いされ、心に亀裂が入って砕けていく。
自分の崩壊がデブの目覚めにつながっていく、つまりEl Gordoは特定の誰かというよりも、個人の抑圧され増幅した暴力的なエネルギーや本能的な怒りをメタ的に捉えた表現と考えられそうです。

Cierren el orto
Por favor no se critiquen con los otros
Cierren el orto, están locos
Por favor no se limiten con los otros

黙れ ※ 直訳「ケツを閉じろ」=口を閉じろの俗語
いい加減に、他人と批判し合うのはやめな
黙れよ、あんたたち、イカれてるんだよ
頼むから、他人の基準で自分を制限しないで

「El Gordo」Marilina Bertoldi 2025年

SNSやメディアで互いに批判しあい、価値観の押し付け合いで窮屈になっているうんざりした現状を前に、「黙れ!」と一喝。
心の中に蓄積され増幅する暴力的な怒り、El Gordoは覚醒寸前ですが、MVでは覚醒します。

MVの中では「El Gordo」が覚醒

「El Gordo」のMVはドラマになっています。
ストーリーは、テレビ番組の制作現場を舞台に、アルゼンチン史上最悪のクーデターを下敷きとして、メディア・芸能界のパワハラ、セクハラ、ポリコレなどが描かれ、爆撃や地震が起きても無視してショーを続行する狂気の世界を描いています。そして最後に「El Gordo」が覚醒します。

MVの監督は、スタンダップコメディアンで脚本家のマレナ・ピチョットが参加しており、サウンドエンジニア役で出演もしています。
彼女はアルゼンチンの大ヒットドラマ『Viudas negras, p*tas y chorras(黒い未亡人たち)』(2025年)の脚本と演出も手掛けており、社会風刺やフェミニズムをユーモアを交えて表現した作品で知られています。

また、このMVでマリリナ・ベルトルディはポップスターとして登場しますが、その衣装とセリフはエミリア・メルネス(Emilia Mernes)からヒントを得てまねたことから、ちょっとした論争にもなりました

※ infobae:マリリナ・ベルトルディ、エミリア・メルネスのモノマネ疑惑でSNSで批判される
https://www.infobae.com/teleshow/2025/05/30/la-respuesta-de-marilina-bertoldi-luego-de-las-criticas-que-recibio-en-redes-sociales-por-su-supuesta-imitacion-de-emilia-mernes/

C5N:マリリナ・ベルトルディ「『El Gordo』で物議を醸せて嬉しい

https://www.c5n.com/ratingcero/marilina-bertoldi-me-encanta-haber-causado-polemica-el-gordo-n203903

衣装はエミリアの「.mp3ツアー」に酷似

MV中に出てくる、「日焼けした肌」のネタは、Tini、Nicki Nicoleと共演した「Blackout」のMVで、ブロンザーで強調した肌の色についてEmilia Mernesが批判を受けたことが元になっています。

一度観ただけでは把握しきれない情報量のMVなので、まずストーリーの主な要点をあげ、次に名前の象徴をまじえてその隠された意味を探っていこうと思います。

社会風刺とユーモアMVの要点

MVのストーリーは情報が多いので、ここでは大きく5つのポイントに分けて整理します。

①メディア文化と社会の無関心

女性テレビ司会者Patricia(通称Pato)は、自分の番組の継続に必死で、街が爆撃されようが地震が起ころうが、番組進行を強行します。番組スタッフのSandraが爆撃で死んだ、と泣くサウンドエンジニアに対しても、冷たくあしらってしまうPatricia。
自分の番組だけが関心ごとで、外の出来事にも人の死にも無関心な様子は、一部だけで全体を見ようとしない社会全体への風刺にも見えます。

②アルゼンチン史のトラウマ(1955年のPlaza de Mayoの爆撃)

ディレクターのMatíasのセリフ「Ni de Ramos Mejía, ni de Morón」から、この爆撃は1955年6月16日の「Plaza de Mayoの爆撃」というアルゼンチン史上最悪の国家テロを下敷きにしていることが示唆されます。負傷者の搬送先としてRamos MejíaとMorónにある病院が報道に頻出したため、両地域は事件と結びついて記憶されています。

「Plaza de Mayoの爆撃」は反ペロン派の海軍・空軍が、大統領府前のプラサ・デ・マヨを爆撃した事件で、市民を含む300人以上が死亡、首都各地で銃撃や混乱が起きました。大統領ペロンの打倒を狙った政変未遂であり、3カ月後のペロン政権崩壊(1955年9月のクーデター)へとつながる事件でした。

③性差別・ハラスメント

司会者PatriciaとゲストMariano Vergetとの会話では、ジェンダーや年齢をネタにした差別ジョーク、それぞれの過去の暴露の応酬で、露骨な足の引っ張り合いが展開されています。
また、ディレクターMatíasが、立場を利用してポップスターから電話番号を聞き出そうとし、出演に便宜をはかる見返りを求める芸能界のハラスメントも描かれています。

④炎上、ポリコレ、ポップスターのイメージ操作

楽屋でポップスターが日焼けを気にしているのを、プロデューサーがなだめるシーンは、SNSの炎上や女性タレントの美的規範や過度なポリコレを皮肉ったものです。
ポップスターは、架空のタレント「Cuky」のように日焼けが原因で自分も炎上しないかと心配しています。ちなみにディレクターのセリフ「Cukyはnegacionistaなのが問題」の「negacionista(否定主義者/歴史修正主義者)」は、軍政時代の人権侵害や強制失踪を否定する人々を指す言葉です。

⑤El Gordoの覚醒

優しそうに見えても本質は上から目線なMarianoに対して、Patriciaが「Cerrá el orto」(黙れ)と叫ぶところからEl Gordoの目覚めが始まります。クライマックスは、ポップスターが登場して「El Gordo」を歌う中、サウンドエンジニアがPatriciaの頭を箱でぶん殴り、Marianoは「ソーダ入りコーヒー」を注文して音楽に聞き入るところ。
注文を聞いているのは、頭から血を流したぽっちゃり系の女性で、Patriciaが負った傷が転写されています。コーヒー(覚醒)+ソーダ(発泡)は「El Gordoの覚醒」を象徴的に示しているように見えます。

最後のシーンでは、歌い踊るポップスターたちの前をPatriciaの遺体が引きずられていきますが、それと入れ違いに、頭から血を流したぽっちゃり系女性(El Gordoの化身)が虚ろな目をして通り過ぎて行きます。騒ぎに気をとられてしまいますが、よく見ると不気味なラストシーンで締められています。

名前の象徴と背後の意味

名前も象徴的で、ストーリーと合わせて考えると隠された皮肉が見えてきます。

Patricia = 社会システムの死とEl Gordoの覚醒

このPatriciaの番組名は「Pato al agua」(カモが水の中へ)。「¡Al agua, pato!」 という言い回しがあり、「さあ、飛び込め!」とか「やってみろ!」といった、何かに挑むときの掛け声に使われます。つまり番組名は、Pato(Patricia)が自分のショーに挑んで身を晒す、という意味が込められています。Patriciaが回転しながら洋服を見せる場面は、女性の外見やファッションを見せもの化する象徴的なシーンです。

また、Patriciaはラテン語のpatricius(特権階級)を語源に持つことから「支配層」の象徴であり、語感も patria(祖国)を連想させるため、社会システムや国家の寓意としても読めます。つまり社会システムや国が死んで、El Gordoが覚醒するという構図になっています。

ちなみに、一度も姿を現さない、爆撃に巻き込まれて死んだことになっているSandraは、「人間を守る者や保護者、防御者」を意味します(ギリシャ語のAlexandraが由来)。人を守るはずの保護者が爆撃で死んでいる、というのは絶望的ですね。

ジェンダー問題への皮肉

番組出演者のMariano Verget(マリアーノ・ベルジェ)は一見優しそうですが、本質的にはマチスモ(男性優位主義)の価値観が色濃い、女性を見下した発言をする人として描かれています。
彼の軽い善人ぶりと裏腹の見下した視線がPatriciaの怒りを刺激した後、El Gordo覚醒ドリンク「ソーダ入りコーヒー」を注文するシーンは、マチスモ的価値観がEl Gordoを覚醒させている構図となっています。

また、マリリナ演じるポップスター、María Elena Bertolotti(マリア・エレナ・ベルトロッティ)は本名(Marilina Bertoldi)を変形させたネーミングですが、「María Elena」は、コメディ番組「Casados con Hijos」(2005年)の登場人物 「María Elena Fuseneco」のパロディを含んでいるかもしれません。

「Casados con Hijos」はアメリカのシットコム『Married… with Children』のアルゼンチン版リメイクで、アルゼンチン中流階級の虚構と偽善をネタにしたブラックホームコメディです。María Elena Fusenecoは進歩的な女性を気取る偽善的な女性として登場し、口では女性の権利を叫ぶ自称「フェミニスト」ですが、本当は自己中心的で攻撃的、偽善的なブルジョワ女性の代名詞のようになっています。

そういった人物をマリリナ本人がポップスターとして演じ、彼女の歌をマリアーノが酔ったように聴いているのはシュールな皮肉に映ります。

7.まとめ ~ 変わったこと、変わらないこと

音楽はその時代の社会意識や価値観を反映しています。アルゼンチンのロックはとりわけ、この国の激しい歴史と深く結びついて発展してきました。

1章では、マリリナ・ベルトルディとアルゼンチンのロック(ロック・ナシオナル)について、彼女の「ガルデル・オロ賞」受賞と伝統的なロック・ナシオナルの権威化、トラップの台頭について簡単に触れました。2章では、軍政期の終了と民政移管を象徴するアルバムのひとつ、チャーリー・ガルシアの『Clics Modernos』を、3章ではアルバム『Para quien trabajas vol. I』の紹介、4章と5章ではこのアルバムで引用された80年代と90年代の楽曲とその時代背景を、6章ではアルバムの核になっている楽曲「El Gordo」についてまとめました。

表現方法の変化

全体を眺めると、『Para quien trabajas vol. I』というアルバムは、1980〜90年代の音楽を参照・引用したことで、昔と今の共通点と違いを浮き彫りにしているように見えます。
ここでロックの批判対象、表現方法の違いを表にまとめてみます。

1970〜80年代
軍政期
1990年代
民主化後・市場化期
2020年代
現在
作品・楽曲Charly García『Clics Modernos』
Sumo「Mejor no hablar de ciertas cosas」
Las Manos de Filippi、Bersuit Vergarabat「Sr. Cobranza」Marilina BertoldiPara quien trabajas vol. I』
社会状況軍事独裁、検閲、弾圧民主化、新自由主義、
急激な市場化
自由至上主義、
文化の市場化
批判対象権力、国家社会システム、
消費・偽善
自己+社会
(境界は曖昧)
表現方法寓話、象徴、婉曲表現直接的、挑発的、アイロニカル内省的、
感情と社会の二重露光

「回帰」で共同体意識を取り戻す

以前は国家の抑圧や新自由主義といった明確な外的要因があり、ロックはこの共通の敵に対して抵抗することで、共同体意識や未来を共有することができたのに対し、今は個人化や市場化が一段と進み、個々人の問題は多様化して、社会的な問題と個人の問題の境界が曖昧となり、集団で未来を想像し共有するための共通言語や場がますます薄くなっています。

その中でPara quien trabajas vol. I』は、1980~90年代のロック・ナシオナルをフォルクローレと捉えて引用・参照することで、アルゼンチンの集合的記憶を呼び起こし、希薄となった共通言語を取り戻そうとしています。

個人の内面と社会の重ね合わせ

また同時に、個人の内面を社会に重ね合わせることで、内面や感情の表現を逃避ではなく、「外」にあった政治性を「内」に書き換えて時代精神を更新しているところが興味深い点です。

第2章、4章でも見たように、アルゼンチンでは軍政期にロックが抵抗と共同体の象徴として機能してきたことから、政治的であることや社会との強い結びつきがロックに期待されており、そうでない非政治的な表現は軽薄とみなされる傾向がありました。そのため本来なら、内面や感情を前面に出す表現は非政治的で軽薄と受け取られかねないのですが、1980〜90年代の楽曲を引用することにより、内面の揺れや内省を、その時代の不安定さや抑圧と接続して描いています。

「断罪」から「内省」へ

そして、「私もまた、この歪んだ構造の一部だ」という地点に立っているところも見逃せません。先に引用したインタビューからも分かるように、マリリナ・ベルトルディのスタンスは、フェミニズムやLGBT+の立場から一方的に対象を直接攻撃するのではなく、あくまでも音楽を通した共感、共感を通した理解が根底にあるように思います。それは、バットマンのミームを利用したアルバムジャケットにも表れています。

ミームのオリジナルでは、バットマンが、父を殺した犯人をスーパーマンだと信じ込んで復讐に燃え、ロビンを巻き込んでスーパーマンを倒そうとします。けれどもロビンが「スーパーマンは悪くない」と言った瞬間、怒りに我を忘れたバットマンがロビンを平手打ちするというものです。正義を信じる者が、自分の正義に飲み込まれる、というパラドックスを表した「正義の暴走と権力の暴力性」を示したシーンです。

アルバムジャケットでは、バットマンのマントを着たマリリナが、赤いスーツのリーゼント男を平手打ちして正面を見ています。仮面をつけずに、リーゼント男でなくこちらを向いており、私たちに「正義」とは何なのか問いかけているようにも見えます。

不安や病みといった個人の内面をテーマにした多くの作品のように、セルフヘルプ(自助)や個人的癒しへ回収するのでも、被害者として叫ぶのでもないポジションに立っているのが、このアルバムです。つまり、社会を告発すると同時に、その社会を内面化している自分自身も告発する「二重告発構造」をとって、政治と個人とロックを接続しています。政治性を「自己と社会の継ぎ目の揺らぎ」として捉え直しているところは注目すべき点で、これはまた、アルゼンチンのロックがもつ歴史があるからこそできる表現かもしれません。

それでも変わらないこと

ここまで、アルゼンチンのロックの変化についてまとめてきましたが、それでも変わらないこともあります。それは、社会がうまく言葉にできなくなった違和感や不安を引き受け続けてきたのが音楽だという点でしょう。

マリリナ・ベルトルディの『Para quien trabajas vol. I』は、ラテンアメリカの政治ロックの伝統を継承しつつ、21世紀の不安のかたちをもっとも繊細に、かつ社会的に描いています。答えを与えるのではなく、私たちが今どこに立っているのかを静かに突きつけてくる作品でもあります。だからこそ、この作品は社会批評であると同時に、私たち自身への問いでもあると思います。

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